喧嘩は却って友愛の助手のみ 03





 決戦は金曜日。と言うタイトルの歌をお袋が歌っていたことがある。俺の決戦は放課後だった。
 授業が終わったら速攻月上を捕まえる、捕まえて何で怒っているのか聞き出す、事によっては詫びる。頭の中で作戦を組み立ててじりじりと教師の話が終わるのを待つ。
 午後の授業の後半はその作戦で頭がいっぱいだったので、指されなかったのは幸いだった。


 そして何度もシミュレートした作戦をいざ決行! と意気込んで椅子から立ち上がろうとすると、月上はすでに俺より早く立ち上がる体勢になっていたらしく、椅子から完璧に腰を浮かせ、鞄まで手にしていた。ちょ、おま、はえーよ!どんだけ速いペルソナつけてんだよ!!

「つ…」

 月上、と呼び止めようと慌てた俺の前を緑色が横切った。

「……千枝?」

 ぐら、と一瞬揺らいだ月上が振り返って、自分の腰の辺りへ視線を落とす。つられて俺もそっちを見ると、里中が、自分の席から左横の机へと乗り出し、体と腕を目いっぱい伸ばして月上の学ランの裾をがっしりと掴んでいた。
 裾を引かれて立ち止まった月上は、小さく首を傾げて里中を見る。

「どうした、千枝?」
「あ、ああっ、えっとっ、つき、がみくん!」

 盛大にどもってんぞ里中!

「あたしら今日は寄り道して帰るから。テレビの中行く予定なかったよね? リーダー」
「うん、わかった」

 頷く月上の返事を聞いた後、里中が俺の方を見た。月上から見えない位置で、口がぱくぱくと動く。
 解読しますキャプテン! はーやーくーしーろー、ですねキャプテン!!
 しかしこいつは俺から視線を外したままなので、正直なところ勇気が出にくいと言いますか授業中にした心構えもこいつの帰ろうとする速さに出足を挫かれて消え失せてしまっているでありますキャプテン!!
 ――などと言う内心の一人芝居を知るはずもないのに里中は、真顔で、ばかじゃん、と口パクして来た。

「ねえ、月上くん」

 里中が学ランの裾を離した後を引き取るように、今度は、座ったままの天城が月上に声をかける。いつもより潜めた声。内緒話のような声で、立ち止まって天城の方を見る月上と話しかける。

「あの、朝、誘ったのまずかった…?」
「そんな事ない」

 月上は素っ気無いとも言えるトーンで返してから、はっと口を噤む。前髪の隙間からわずかに覗く眉が下がって、申し訳なさをがそこに見えた。
 何か言いたげな顔をしていた天城は、仕方ない、とでも言うように微笑んでため息をつく。
 アイコンタクトに近い、言葉の少ないやり取り。
 そこに垣間見える信頼関係のようなものに、ちりりと胸が痛んで思わず思わずを押さえる。――痛んだ? 何で。

「じゃあまた明日」

 鞄を持ち直した月上が挨拶をし、俺から見えて月上から見えない位置で里中の口が、ばか! の形にぱくぱく動く。
 そうだ、呼び止めて、話がしてーんだ俺は。怒られたり胸が痛くなったり、今日はわけのわからないことが多すぎる。わけのわからないままで明日になるのは気持ち悪い。

「つ、きがみ!」

 ――やべぇ、どもった。
 立ち止まる月上と俺の様子を見ているのだろう、里中と天城の視線を感じながら、俺は緊張をこらえていつも通りの台詞を言う。

「一緒に帰ろうぜ、月上」
「……新譜」
「は? え??」
「CDの新しいやつ。貸してくれるってお前が言ったんだろ」
「あ、ああ」

 数秒の、沈黙。いつものように月上はこっちを見ていない。見てはいねーけど。

「陽介」

 月上が俺の名前を呼ぶ。
 帰ろう、とも口にしなかったが、そういう意図で呼んだことがなぜかわかった。歩き出す月上の背を見て、慌てて追う。
 相棒が俺の名前を呼ぶ。俺を認識する。俺を呼ぶ。
 それだけのことがやけに胸に染み入るようで、俺はヤツに追いつくため早足になりながらひっそりと息をついた。


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