「陽介は、何か勘違いをしていると思うんだけど」
川沿いを歩きながら、先に話し出したのは月上の方だった。
横を跳ねるように歩いて行く小学生の集団の笑い声を聞きながら、俺は、横を歩く月上の方を視線だけ流して見る。月上は、ひたすら真っ直ぐ前を見ている。視線は合わないが横顔は見える。
「勘違いってなんだよ」
「朝の、雪子との事とか」
近くにいるのは小学生だけだったが、声が少しひそめられた。天城の名前はこの町では知れ過ぎていることを懸念したんだろうと思い、同じように人の耳が気になるので、俺も返事は声をひそめた。
「…天城、もしかしてお前にさ」
「それは違う」
すべて言う前に、何を言いたいのか雰囲気で察したのだろう。あまりにはっきり違うと言い切られる。
その声に、ああ何かあったのかとわかったのでそれ以上追求はしない。
「雪子は親友だよ。あっちもそう思ってる」
「…そーか」
この返事の声は、普段のトーンに戻した。こいつは、ぼうっとしているようで案外鈍くもない。
「悪かったよ」
詫びの言葉は心底から出た。
俺はこいつに変な勘違いをして怒らせたのだろう。友人二人にした気遣いは、気を遣い過ぎていて逆に下世話になっていた気もする。
そういえば、「おせっかいだ」と小西先輩も俺のことを言っていた。
ウザかったら言えよ、と今度は俺からこいつに言ってやりたいが、もしそこで、ウザい、と返されたら正直立ち直るのに結構かかりそうなので言う勇気はない。
「悪かった」
しかし月上からのリアクションは沈黙しかない。
「なあ、…おい、月上。なあ。……ごめんなさいってマジで! 俺が悪うございました」
「じゃあ何が悪かったのか言ってみろ。別に怒ってはいないけど」
え、と思わず声を洩らすと、立ち止まった月上が俺の方を見た。慌ててたたらを踏みながら、久しぶりに――朝ぶりに見たそいつの目は、朝見たような睨みをきかせたものではなく、いつもの通りに感情の読みにくそうな、よく言えば穏やかな色をたたえている。
「……怒ってねぇの?」
「怒ってはいない」
じゃあ何でそんな態度だったんだっつーの理不尽だろ、と思えども、理不尽さに苛立った気持ちにはならず、ただひたすら途方にくれてしまう。
こいつは嘘はつかない。
怒っていないと言うのなら、本当に怒っていないのだろう。
そう思うと現金なもので急に気分が晴れやかになる。俺がほっと息をついて笑うと、月上は少し視線を伏せて拗ねた子供のように口の端っこを歪めた。
「飴やるから元気出したまえよ、月上君」
「元気がないわけじゃない。でもって飴くらいで機嫌を取られるつもりもない」
そう言いつつもしっかり手は伸びてくるので、上に向けられた手のひらに飴を一粒乗せてやる。
機嫌を取られるつもりがないと言う事は、機嫌が悪いのか――じっと見つめて考えていると、やつは視線を落としたまま、瞼を伏せた。まとう気配が、少し剣呑なものに戻る。やべ、何か地雷踏んだか?
「陽介」
焦った俺の予想に反して、俺を呼ぶ相棒の声は言い聞かせるように静かだった。
「ん」
「陽介が俺のことを、お前との約束優先しないと思ってるのが悪い」
「――は?」
「お前が、悪いんだ」
お前はわかっていない、と続いた月上の声は少し押し殺されていて、苦いものが混じったようなその声に、俺はつい、ごめん、と口にする。
月上の口が、一度きゅっと引き結ばれて、またゆっくりと開く。
「ごめんって、何が原因だかわかったのか?」
「わかった気がする」
「気?」
「だからさ、おまえが、」
――おまえがおれのことすきなのにごめんなさい。
いやいやいや、そりゃねーわ。
「わかってるのか」
黙ってしまった俺を睨むために視線を上げた月上の目は、強い光を宿してこっちを見ている。これは威圧しているんじゃない。訴えているのだと、悲しげに寄せられた眉間で気づいた。
「……悪かったよ」
心底そう思いながら出た声は、自分で聞いてもいやに頼りなげで、月上にも同じように聞こえたのだろう。ちょっとだけ目を見開いてから、うん、と奴は頷く。
「わかってくれ」
そうして奴は静かに望みを告げて来たから、今度はこっちがうんと頷く。
「わかれよ」
段々逆ギレのような荒い口調になって来るので思い切り何度も頷きまくると、相棒はようやくいつものようにうっすらと笑って、俺に伸びてきた拳が肩を軽く叩いた。
「よし」