Caro mio ben-2







 次にベルナルドと会ったのは、私室で、運ばれて来た朝食用のパンとコーヒーに手をつけている時だった。

 俺ひとりの部屋に入って来たベルナルドは、今日の新聞を片手に欠伸を噛み殺しながら、おはよう、と言った。夜中……いや、明け方まで仕事をしていたか、もしかすると寝てすらいないか。
 うっすら隈の浮いた目元。物憂げと言えば、聞こえは良い。そんなツラのベルナルドは、テーブルの向かいに腰を下ろす。食うものは持っていないし、部下に頼む様子もない辺り、食う気がないと見た。

「ダーリン、仕事忙しいのけ? そんなに書類あったっけ?」
「月末近いからね……と言っても、今日一日休めるくらいに片づけ終わってしまったんだが」

 根を詰める必要もないのに根を詰めたらしい。首を捻りながら俺のぶんのパンを一つ皿に分け、ポットのコーヒーもカップに移してやると、ベルナルドは少し笑って、

「グラーツェ。平日の休みは久しぶりだ」
「たまにゃランチかディナーでも一緒にいかが? ダーリン。俺も昼過ぎまで休みだぜ」
「喜んで、マイハニー」

 いつも通りのふざけたダーリン&ハニーのやり取り。だが、休みになったせいか、ベルナルドはぼうっとした様子だった。同じ徹夜明けでも、仕事がある時は表情が違う。
 食う気がない様子だったベルナルドも、俺が食い始めると、同じようにパンを摘んだ。すきっ腹にコーヒーはまずいと理解しているんだろう。俺のスピードの半分くらいなもんだが。

「オシゴトねーなら部屋で寝てたら? 俺で出来るヤツなら、代わるからさ」
「お前の顔を見ようと思ったのさ、ハニー」

 ベルナルドは寝不足の瞼を閉じ、指先で軽く押さえながらそう言った。いつもと違って、ふざけているのがわかる様子でもない。真剣に言っているように見えて、俺は、ベルナルドは目を閉じてるって言うのについ顔を逸らしちまった。真面目に言われると奇妙な感じだ。ふざけて言い返すわけにもいかない。

「それで、昨日のパーティーはどうだった、ジャン?」
「ああ、なーんにも問題なし」

 他の話を振られて、少しほっとした。頬が赤くなってねえといいんだが。
 にんまりと笑う俺に、ベルナルドがほっと息を吐いて目を細めた。何もかも問題なく昨日のパーティーは終わった。ついでに昨夜の酒もすっかり抜けて、食欲もある。

「あのおっちゃんが早く会場に行きたかったのもさ、初恋の相手が来てるからそわそわしてたらしいヨ。行って、そのマダムに会ったら、後はもう上機嫌上機嫌」
「それは結構なことだね」
「白髪に白い髭のおっちゃんがキンダーのこどもみてえにそわそわしてんだぜ? なーんか和んじまった」

 俺は机の端にある卓上用のカレンダーの、十一月の面に書かれた「24」の文字をなぞり、そわそわ落ち着かないおっちゃんと同時にその日にちにも和んで、笑った。
 24日。昨日の日付。今日にも、きっと和んじまうだろうことが待っているのだと言うことを思い出して、俺はついつい余計に口元を緩め──

「──あ、そうだ。ベルナルド、昨日」
「『すっげー上等なドレスを着るようなレディが使ってそーなリボンを一メートル、色はグリーン』」
「な、」

 だろう? と、ベルナルドはきょとんとした俺にウインクして、着ていたカーディガンのポケットから、小さい包みを取り出して差し出して来た。
 開けてみると、昨日俺が頼んだリボンが綺麗に小さく巻いてある。頼んだ通り、つやつやとした素材は高そうで、どこぞの金持ちのレディが使っていそうだ。

「ワオ。俺の頭の中でも読んでんのけ?」

 言おうとしたことを読まれたことと、欲しかったイメージ通りのリボンに対して言いつつ、礼の表現に、俺はベルナルドの頬にキスをする。それから、疲れているだろう目のふちにも。ついでに、目元にキスしたら閉じられた瞼にも。

「もうすぐ待ち合わせの時間なんだわ。休みだったら、あんたも一緒に行くか? レディに会いに」
「……なあ、ジャン。おまえ、一体どこのレディに、」
「ちょっくら本部の裏口まで」
「──裏口?」






Caro mio ben-3

2010.12.20