アイなる賛歌






 腹が減った、と最初に言い出したのは、珍しく尽八だった。
「頭を使うと腹が減ってならんよ……」
 折りたたみ式のちゃぶ台に突っ伏して、尽八がうめく。寮のオレの部屋で、お互いにサボらないよう、見張りを兼ねた勉強会は、夕食後から今まで休憩もなしに続けられていた。
「茶ァ飲め、茶」
「茶で腹はふくれんよ、荒北」
 尽八の隣に座っていた靖友の指が、尽八の手にあったシャーペンの頭を横から弾く。突っ伏したまま返事をする尽八の手には力が入っていなく、シャーペンはあっさりとちゃぶ台の上に倒れた。その更に隣では、寿一が携帯電話で今の時刻を確認している。
「十一時だな。もうしまいにして寝るか」
「腹が減って寝られる気がせんよ、福」
 力の抜けた尽八の指から零れたシャーペンが、ころころとノートの上を転がる。シャーペンを持っていたくないほど、尽八は空腹なようだ。
 オレの方は、あと一時間も起きていれば腹が減って来るだろうが、まだもちそうだった。夕方の練習中に、補給食でパワーバーを食っていたオレと、食べていなかった尽八の差なんだろうか──いや、食っていてもいなくても、いつも一番に腹が減ったと言い出すのはオレだ。ほんと燃費悪ィなオメーは、と靖友が呆れたように言うのを、すっかり聞きなれた程度に。
「食うか?」
 珍しく尽八が一番に腹を減らしているのは、勉強のせいだけでなく、オレの練習にまで付き合っている分、余計に腹が減ってるんじゃないかと思った。本来の予定外の練習量が増えたのに、その分の補給を忘れていたのではないかと。
 机にしまっていたスティックタイプのチョコレート菓子を出すと、のそりと顔を上げた尽八は「食う」と神妙な顔で頷く。
「恩に着るぞ、隼人!」
「いいよ」
 恩に着るのは、オレの方だ。一袋手渡し、オレも一袋開く。
 いつもは賑やかな尽八も、物を食べている時はおとなしい。一気に頬ばれば良いのに、一生懸命、と言って良いような様子でカリカリと菓子をかじっている姿は、ウサ吉を思い出して、ひそかに和んだ。本人に言うと「この美形をつかまえて何を言うかね!」と主張し始めそうなので、ひそかに、だ。
 室内の、勉強へ集中していた雰囲気は、すっかり途切れてしまった。皆、そろそろ集中力が限界だったのもあり、寿一は凝ったらしい肩をほぐすために腕を伸ばしているし、靖友は筆記用具をペンケースにしまいながら、必死にポッキーを食う尽八を見ている。
「あー、腹減ったって聞いてると、オレまで腹減ってきたなァ……どうしてくれんだ、東堂」
「あ、荒北! おまえ、それ言いがかりだぞ!?」
 靖友の淡々とした嘆きに、尽八が慌てる。からかわれてるぜ尽八、とは言わずに二人のやり取りにしのび笑っていると、オレが笑っているのに気付いた靖友のつま先が、ちゃぶ台の下を通ってオレの膝を蹴った。ちゃぶ台の反対側で、靖友がペンケースを振りかぶっている。
「やらしー笑い方すんな、ボケ」
「まあまあ。そうだ、靖友も食えよ」
「新開、おめー食わせれば何でも済むと思ってねーだろなァ」
「ん? 食わないのか?」
「何あんの」
「ポッキーしかない」
 細長い菓子を一本取りだして腕を伸ばし、靖友の口元に差し出す。まるで餌付けだ。靖友が、むっと眉を寄せたのを見て、「あーん」の状態はまずかったかと手を引きかけた──が、靖友は、あー、と口を開けて顔を寄せ、口でオレの手からポッキーを持って行った。
「ごっそさん」
 短い礼と一緒に手が伸びて来て、靖友は、袋からポッキーをもう数本さらって行く。ポッキーを引き抜くとき、靖友の指の甲が、袋を持つオレの指をかすめ、ゾクリと風邪のような寒気を感じる。かすめられたその瞬間だけだったが。
 尽八と靖友のポリポリと菓子を齧る音が部屋に響くのを聞きながら、オレは、さっき靖友に差し出した右手を一度強く握り込む。
 ──右手が、やけに気になった。
 靖友が顔を寄せた瞬間、ほんの少しだけ自分の指先が緊張したのが不思議だったが、一瞬の違和感だったのであまり気に留めない方が良いだろう。
 寿一たち相手の練習でも、左を抜くときは、まだハンドルを握る手に力が入る。そのせいで緊張が癖になっているのかもしれない。今日は寝る前に手のマッサージもしておくか、そうすれば明日の朝には忘れるはずだ。
「新開、どうした」
 考え込んで黙ってしまっていたオレに気付いた寿一が、オレの顔を見ていた。じっと見る目が心配している。
「ん? なんでもねぇ、寿一も食えよ」
「おまえの分は大丈夫か? 食い足りずに、夜中に腹が減ったと泣きつかれても、今日は金曜だ。週末に買いだした分は在庫切れてる」
「うわ、おまえ、腹減ったって福ちゃんに泣きつくのかヨ……」
「寿一が言ったのは比喩法だって」
 なんだかんだと喋りながら、ポッキーを齧り、ちゃぶ台の上のノートや辞書、マグカップを片づける。消しゴムを拾う靖友の指と、オレの指がすれ違って、オレの指はまた一瞬の緊張を覚える。





「新開と福富らって、ホントに仲が良いな」
 放課後。部活へ行くために鞄を持ち上げると、前の席のクラスメイトが話しかけてきた。
 そいつは二年の頃も同じクラスで、友人だ。寿一たちと比べると交流は少なかったが──と言うよりも、寿一たち自転車競技部のヤツらとの交流が頻繁過ぎて、それと比べてしまえばここ数年は、親兄弟でも寿一たちより交流が少ない。
 その友人が振って来たのは、あまりにも唐突な話題だった。その前に寿一たちの話をしていたわけでもない。
「急にどうした?」
 不思議に思ってオレが問い返すと、クラスメイトは椅子に座ったまま、立っているオレを見上げた姿勢で肩をすくめる。そいつはそんなおどけた仕草の似合う、明るいやつだ。
「なんかさー、しみじみしたわけよ。昼におまえ、部活のあとでいつもの面子でラーメン屋行くって言ってただろ?」
 いつもの、と言うくらいに、クラスメイトは、オレが寿一たち自転車競技部の面子と、部活外でも仲が良いのを知っている。
 あいつらとは一緒に昼飯を食ったり、休みの日に一緒に遊びに出たりもするし、クラスメイトが言ったように、今日は新しいラーメン屋の味がどんなもんか、一緒に食いに行く予定だ。
 そういえば、昼休みにラーメン屋が出来たとクラスで話題になったとき、今日食いに行くと話したのだった。
「オレにはそこまで一緒だったダチって昔も今もいないんだよな、部活もやってないし自宅通学だし。なあ、新開さぁ」
「ん?」
「四六時中一緒にいて飽きない?」
 ──飽きる?
「どうして」
 反射的に、少し強めに口にしてから、あ、返事になってねえか、と気づいた。問いに問いで返している。
「別に、そんなに一緒でもねえよ」
 慌ててそう付け足し、「また明日」と早々に話を切り上げた。部活に行こうとしているときに呼び止められたから、クラスメイトも、「引き止めて悪かったな」と笑って見送ってくれる。
「寮生活、楽しそうだよなあ」
 見送る羨ましそうな声に、オレは、上手く返事が出来ず教室を出た。

 廊下に出ると、教室よりも気温が低い。真冬と言われる時期になり、ここ数週間で、いよいよ冷え込んで来た。ロードバイクの練習がしづらくなるのがつらいと、昨夜、寮の談話室で、いつもの面子で喋ったことを思い出す。
 「いつもの」とクラスメイトにまで言われる面子──寿一と尽八と靖友とは、学校は勿論のこと、部活動も一緒、それ以外の時間も今日の部活後のように一緒にいることがあるし、帰る場所も、寮生だから皆一緒だ。
 クラスメイトは自宅通学だから、これだけ一緒にいる同級生と言うのがピンと来ないのだろう。オレは三年の寮生活で慣れ切っていて、飽きないかと思いがけない質問をされたことに驚いていた。
 飽きる? あいつらに?
 言葉を頭の中で反芻し、考えてみるがピンと来ない。ただ、あいつらが飽きるものだと思われているのは、まったく嬉しくねえな、とはすぐに思う。さきほど、自分で意図せず強く返しそうになってしまったのは、そんな拒否反応だった。
 少し持て余すような強い感情が胸の中で揺れ動いて、オレは頭を掻いた。
 自分を持て余すのは、自転車のことだけで充分だ。オレは真っ直ぐに部室へ向かって、冷えた廊下を歩く。歩きながら、オレは自分の指が無意識にブレーキをかける動きをしているのに気づいて、両手を拳の形に握り込む。
 短くした爪が、手のひらに少しだけ食い込んだ。



「新開さん、こんにちは」
「よう、泉田」
 二年教室のある階を降りて部室に向かう途中では、後輩の泉田とすれ違った。礼儀正しい後輩に、礼儀正しく頭を下げながらの挨拶をされたので、オレは肩をぽんと叩いて返す。
「お先に」
 泉田はもう一度頭を下げて、はにかんだように笑った。同じスプリンター同士のためか、泉田は、後輩の仲でもとりわけオレを慕ってくれていた。
 泉田が向かうトレーニングルームには、一年と、二年の部員がいるだけだろう。この時期、インターハイを終えて引退した三年の先輩がたは受験の追い込みで、部に顔を出す人もいない。
 寿一は夏のインターハイの後、引退する三年から引き継いで自転車競技部の主将になった。
 部には、寿一が主将になることに、誰ひとり反対する者はいない。人数の多い中、反感を持つ部員もいるだろうが、それは感情論だ。部のためにならないと説明出来る人間がいないほど、寿一は一年の頃から成果を挙げ続けていた。
 それから季節は冬になり、部員たちも、寿一が主将であることにすっかり慣れた。元々、寿一が主将になるだろうと皆思っていたせいもあって、世代交代は極めてスムーズだったと言っていい。
 主将としてはスムーズだった。
 だが、インターハイの後から、寿一は笑わなくなった。
 部をまとめることに支障はないが、周囲に気づかれない中で、あいつも自分と闘っている。
「……寿一のやつ、チャーシュー食うか?」
 色々と大変そうな寿一に、今日はラーメン屋でチャーシューを一枚譲ってやろうかと思い、誕生日でもないのにおかしいかなと考えながら部室のドアを開けると、中には靖友だけがいて、ウインドブレイカーのファスナーを上げているところだった。
「よう、靖友。寿一は?」
「福ちゃんなら、顧問に呼ばれて職員室経由コース。後から来ンよ」
 いつものようにめんどうくさそうな声で、ちゃんと答えてくれる。
 自分のロッカーの前で背を伸ばし、真っ直ぐ立っている靖友は、細身のせいもあって随分と背が高く見える。実際、寿一と同じくらいに背がでかい。尽八のようなクライマーほどではないが、すらりとした雰囲気は、校門の横にある年若い木と似ていると思う。
 磨りガラスの窓からの明かりは弱く、薄暗いはずの部室内がなぜか眩しいような気がして、オレは目を擦りながら自分のロッカーへ向かった。靖友の隣だ。靖友はロッカーからビンディングシューズを出して、履こうとかがんでいた。カチ、とシューズの靴底と床が当たる音がする。
 靴を履く靖友の横で、オレはセーターとシャツを脱いで行く。部室の空気は、一応暖房は入れているが、上半身裸になると冷えるので、手早く着替える。
「主将もたいへんだな。よし、やっぱりラーメン屋で寿一にチャーシューやろう」
「やっぱりってなんだよ。じゃあオレは煮玉子やるかァ」
 靖友は優しい。オレはつい笑ってしまう口元を隠すように、アンダーシャツを頭からかぶって着た。
「うまいといいな」
「うまくねぇなら二度と行かねーぞ」
 話しながらレーシングパンツを履いて、裾のジッパーを引き下げると、部室の中はもう寒くはなかった。
 靖友はシューズをもう履いていたが、移動する様子がないので、オレも急いでシューズを履く。かがんでシューズのテープを留めているとなんとなく視線を感じて、ぱっと顔を上げた。
 そこには、オレを見下ろす靖友の顔がある。そりゃそうだ。この部屋には、オレと靖友の二人しかいない。視線を感じたのなら、その主は靖友だろう、とオレはごく自然に納得したのだが──
「っ……ンだよ!」
 視線が正面からぶつかって、靖友が一瞬怯む。怯む必要もないだろうに、とオレが目を瞬かせると、動揺したように悪態に近い言葉を吐いた唇が少し歪み、視線が逸らされる。
 なぜかオレの心臓は、どく、と、ひときわ強く鳴った。
「──靖友?」
「すまんね、遅れた!」
 オレが思わず呼んだ靖友の名は、尽八の賑やかな声と、勢いよく開かれたドアの音に、存在を消された。途端、靖友は素早く身を翻し、一歩離れて、体を横へそむける。尽八は走ってきたのか、少し乱れた前髪を手のひらで撫で付けながら部室に入って来る姿が見えた。それを見たオレの心臓はもうすっかり落ち着いていて、ほんの少し前の、高鳴るような感じはまったくない。
「あ、尽八は寿一にメンマやるか? 海苔? コーン?」
「……隼人、なんの話だ? 福がどうした?」
 挨拶よりも前に唐突な話題を振られ、尽八は驚いてオレたちの顔を見回し──ム、と首を捻った。
「そうだ、荒北、福はどうしたんだ? まだ来てないのか」
「おめーもオレに訊くのかよ、東堂。福ちゃんならァ、……繰り返すのもめんどうだから新開が言えよ」
「顧問に呼ばれて職員室に寄って来るらしいぜ。先に練習始めておくか」
 靖友の代わりに、さっき聞いた情報を尽八に言う。尽八が同意して頷いたとき、「失礼します」と外から声がかかって、ドアが開いた。
 冷えた空気と一緒に、泉田が素早く部室内に滑り込んで来て、暖気を逃がさないようドアを閉める。
「一年、アップ終わりました。すみません、荒北さん。福富さんは……?」
「よう泉田。主将なら顧問のところに寄ってるから、後から来るってよ。一年は先に始めてていい……んだよな、靖友?」
「ああ、コーチっからのメニュー出てんだろ」
 今度は靖友が「めんどう」と言い出す前に、寿一のことを泉田に答えてやった。靖友は頷いてぷらぷらと片手を振り、泉田が一礼してまた出て行くと、はあっとデカい溜息を吐き出した。尽八が靖友の溜息を聞きつけ、ジャケットを脱ぎながら「どうした、荒北」と声をかける。
「悩み事か?」
「ちげーけどよ。ったくよォ……部のやつら、福ちゃんのことなんでもオレに聞くんだぜ」
「うちのナンバー1と2だ、仕方あるまい」
 さもありなんと頷く尽八に、そうだな、とオレは同意する。
 秋から正式に寿一のアシストとしてレースにエントリーを始めた靖友は、急に寿一の居所を聞かれることが増えたことに、戸惑っているようだった。戸惑っていると言うと、表現が可愛らしすぎるか。
「まあ、女のことはオレがナンバー1だがな!」
「自称でもナンバー1だしな」
 ワッハッハ、と自分の台詞にご満悦で笑う尽八に、ツッコミのような返しをしてやると、「おまえはわかっていないようだな、隼人!」と絡まれ出したのでさっさと部室を出る。
 靖友も後について出て来たが、尽八はシューズをまだ履いていなかったので追って来ない。コンクリの廊下を歩くクリートの音が、二人分、カツカツと鳴る。
「あのさァ」
「なんだ、靖友?」
「速さで言ったらおまえの方が速いだろ、新開」
「ん?」
「さっきの東堂の話だよ」
 正面を向いて歩いたまま言う靖友の顔を横目で見やり、オレは少し首を捻って、さっきの尽八の話を思い出す。
「あれか? 『女のことはオレが』」
「ちげーよ、バァカ! うちのナンバー1とナンバー2って話だ」
 靖友の横顔は頬が少し強張っていて、怒っているように見えた。怒る話でもないと思うオレは、その理由がわからない。
「寿一がナンバー1、おまえがナンバー2でいいんじゃないか?」
 どこもおかしい話じゃない。今年のインターハイでのゼッケンナンバーは、おそらくエースの寿一と、そのアシストの靖友でワン・ツーとなるはずだ。尽八もそう思って、ナンバー1とナンバー2と称したのだろう。
「なんで不機嫌なんだ、靖友」
「不機嫌じゃねーよ」
「そうか。じゃあ、なんで不満そうなんだ?」
 ばきゅん、と指を銃の形にして向けながら、言う。
 今度の言葉は正解だったらしい。靖友はしばらく仏頂面で黙り込んだ後、別に、と低くボソリと呟く。
「……なんでもねーよ」
「オレが速いって、褒めてくれた?」
 本気で尋ねたのだが、靖友は驚いたように勢い良くオレの方を向き、ぽかんと細い目を見開いた。──オレがふざけて冗談で言っていないことに、驚いたんだろう。靖友はこういうストレートなセリフを、言うのも聞くのも得手じゃない。驚いて歩く足まで止まっているのでオレも立ち止まると、はっとした靖友がまた歩き出す。
 先に歩きだした靖友を追い、オレは半歩後ろを追う形になった。
「ボケたこと言ってんじゃねーよ、ったく、おまえほんとにめんどうだな、ツッコミづれーよ」
「靖友はほんとに面倒見がいいな」
「あ!?」
「怒るところじゃねぇだろ?」
「気持ちわりーんだよ」
 チッ、と短い舌打ちをした靖友は、「だからァ」と低く唸る。
「ナンバー1と2だと、おまえよりオレが速いみてぇだろ」
「靖友、速いだろ。こないだのレースも寿一のアシストで上位に行ってたじゃないか」
「おまえに言われても速い気しねーんだよ」
「いや、オレは──」
「謙遜すんな、気持ち悪ィ」
 かたくなな態度の靖友を、オレは、少し後ろから見ながら歩いた。口の中で呟くような、小さい「クソ」と言う悪態は、あからさまに照れ隠しなので、オレは正直、さっきから足取りが軽くなっていた。
 正面を睨むようにして歩いている靖友が、チ、と短い舌打ちをする。
「おめーが速いなんてなァ、そんなモンわかってんだよ。バァカ!」
「──やっぱり褒めてくれたんだろ」
 顔を覗き込もうと大股で進むと、靖友に、黙れとばかりに二の腕を平手ではたかれた。少し痛かったが、ハハ、と声に出して笑ってしまう。オレより自分の方が速いような表現に対する、認められないプライドと、オレをそれだけ認めてくれていると言う発見に。
 笑っていると、次は後頭部をはたかれた。それでもオレはまた、フ、と堪え切れない笑いを漏らす。
 オレは、飽きないかと聞いたやつに、こう言ってやりたい気持ちになっていた。
 飽きねぇよ。四六時中一緒にいても、知らねぇことも、驚くことも山ほどあるしな。こういうやつだ、とか、こんなこと思ってんのか、とか、発見があるさ。それに、もっともっと──知りたくなる。靖友。
 やすとも、の四文字を、声に出さずに舌に乗せると、急に喉が渇いたような気がして、オレは唾液を飲み込む。
 ゴクリと喉が鳴る音が妙に耳に響いたが、先を行く靖友が開けたトレーニングルームの中からの「あと五分!」の声にかき消された。






----R18-------------------



「靖友、こっち」
 腕を引いて、腰を抱き寄せて、ベッドの上に押し倒す。靖友は足をもつれさせながら倒れ込んだ
「う、わ、オイ、コラっ」
 戸惑った声が上がったが、その上に覆いかぶさってキスをする。唇に、頬に、額に、鼻筋を通って、また唇に。
 顔中にキスをされた靖友は、黙った。閉じられた唇を、合わせるだけでなくちらりと舌先で嘗めると、そこは素直に開かれて、オレの舌先に吸い付いてくる。
 ん、と鼻にかかった声がオレの喉から上がったのを合図にしたかのように、靖友は舌を伸ばし、オレの咥内に入り込む。突くように掠め、嘗めあい、上顎の方を嘗められると気持ちよかった。靖友の口の中に舌を突っ込み、舌裏を掬うように嘗めると、靖友は短く震えて顕著に反応を返す。それがかわいくて、舌の付け根を何度もくすぐると、舌先を甘く噛まれた。引き戻そうとすると、かぷ、かぷ、と噛んで引っ張り、邪魔をされる。
 肌と肌、粘膜と粘膜のふれあいは、オレの中からひたすら欲を引きずり出した。
「ちょっと寒いかもしれねぇ」
 そう断って、オレは靖友の腰に手をかける。さっきベルトを外し、ファスナーをすっかり下げていたので、スラックスを脱がせるのは簡単だった。暖房の効いてきた部屋に、素足が晒される。
「寒かねーけどよォ……っつーか、オマエも脱げよ、新開」
 かかとで太腿を軽く蹴られて、「足癖悪いな靖友」と笑いながらオレも下着ごとまとめて脱ぎ、シャツも脱いでベッドの脇に放る。思い切りの良い、とも言えるオレの脱ぎっぷりに靖友は一瞬あっけに取られたようだったが、自分でも残っていたシャツと下着を脱いで、同じようにベッド脇に蹴りやった。
 全裸で視線をかわすと、多分、お互いに照れが出た。それを誤魔化すように唇を重ね直そうとするのは同時だった。ちゅ、と音を立てて吸い付き、覆いかぶさり直すと、オレは靖友の足の間に手を伸ばす。
 男同士のやり方について、なんとなくこんなもんだろう、と言う知識は猥談やら何やらで頭にあった。
 濡れないからすべりの良いものと言うとワセリンか、冬場用のベビーオイル。あと、クリスマスに卒業間近の先輩からふざけて二年全員に寄越されたコンドーム。靖友は捨てずに取ってあるだろうか。
 オレのとめどなく回転する頭の中を見透かしたわけでもないだろうが、探られた場所が場所だ。靖友は察したらしく、驚きにビクリと身を跳ねさせた。
 見開いた目が、覆いかぶさるオレを映している。
「……ンだよ、いれんのか……?」
「だめか?」
 抱きたい。と、他に替えようのない感情をそのまま口にすると、靖友はしばらくじっとオレを見つめ、それから、視線を少しだけ下にずらして、「新開」と呼ぶ。
「なんだ」
「……手加減しろよ」
「がんばるよ」
「その不安になる返事どうにかしやがれ!」
「善処する」
「わざとか、テメェ!」
「……靖友が好きで、すげェ興奮するから、自信がない」
 やはり他に替えようのない感情をそのままストレートに告げると、靖友は片手で顔を覆って天井を仰ぎ、しばらくそのままでいた後に、
「しろよ」
 と、唸るような低い声で、オレを許した。