巻島先生と尽八くん





東堂(高校生)×巻島(理学療法士)年齢操作パラレル






 ――またコイツ無茶したっショ。

 リハビリ室のベッドへ座るなり、誇らしげな顔で赤ゼッケンを見せた少年を見ながら、巻島は、苛立ち混じりの心配で腹の中が熱くなるのを感じた。
「東堂、おめぇなァ……」
 溜息じみた息に乗せて呼ぶが、それ以上の小言が口から出て来ない。
 ロードレースに出ていた経験のある巻島は、東堂の持つゼッケンを得るためにどれだけの苦労があるか、良く知っている。ペダルを踏み、体中の細胞を奮い立たせ、まとうジャージを少しでも先に山頂のゴールラインのひとつへと叩き込むこと。そして、その場へ到るためのさまざまなことが、どれほど怪我や故障と隣り合わせであるのかも。
 理学で彼等を少しでもベストに持って行ってやりたい──巻島がスポーツマンを主に診る理学療法士になった理由は、それだった。
 だからこそ、無茶をしてでも勝利を得ようとする東堂の気持ちがわかってしまう。
 少年──今年高校三年生になった東堂尽八は、去年の終わりに、膝を痛めてこの病院へ来た。
 東堂は、強固な精神で真面目にリハビリを続け、巻島の言葉を真剣な目で聞く患者だった。その全てはこの夏、インターハイで、この赤ゼッケンを取るためだ。巻島はそれを、彼と初めて出会った時から痛いほどに理解していた。
 成長期に無茶するんじゃねぇ、まだ高校生ショ、この先いくらでもロードには乗れるぜ、今は足の様子を見て――などと言う言葉では、彼が納得出来ないことがわかってしまう。
 いま、とは、今しかないのだ。未来に、彼が今戦うステージは存在しない。
 三年のインターハイ。そのステージは巻島にとってすでに昔だ。ふっと数年の時間が巻き戻ったような懐かしさと、感慨と、心配と理解が入り混じる気持ちを、いまは仕事だ、と振り切り、東堂の座る前に椅子を置いて巻島も座った。
 赤ゼッケンを褒めるより先に、制服のスラックスをまくり上げてあらわになった東堂の膝に手をやる。故障してから一度少し痩せた足だが、今はしっかりと筋肉が戻り、どこも異常がないように見える。だが油断は禁物なので、巻島は東堂のなめらかに日に焼けた膝を押す、引く、関節の稼動域を調べる――
「とお、どう…………」
 さまざまな動きで膝の様子を見た巻島の無言さに、ニヤリと東堂は笑う。
「――完治だ、巻ちゃん」
 若者の回復力に目を見張る巻島に、東堂は言った。安心しろとでも言いたげな、いつものやかましいほどの様子とは違い、静かな声だった。
「巻……島先生、っショ」
「巻島先生」
 膝を見つめながら、自分でも予想外なほどの安堵にそんなことしか返せない巻島の顔を、東堂は上半身を屈ませて覗き込む。
 近い距離になった東堂の顔は、目元がうっすら赤く紅潮している。本人が一番安堵して一番嬉しいのだろうと、我に帰った巻島は、わずかに笑んだ。
「先生のお陰だ」
「クハ、たまにはおめぇでも殊勝なこと言うのか」
「オレはいつもいい患者だろう」
 自信満々な態度に、言ってろ、と巻島が笑うと、東堂も晴れやかにワッハッハと笑った。
「しかし、巻ちゃんに赤ゼッケン見せようと走って、あれだけ楽しいんだ。もっと早く生まれて、巻ちゃんと一緒にインターハイで走れていたらと……考えてならんよ」
 巻島の顔を覗き込んだままで、東堂は、どこかうっとりと目を細めて、そんな夢想を話す。
 その夢想に巻島は、ぎゅう、と胸の奥を掴まれたような心地だった。それはひどく懐かしい興奮だった。ロードバイクに乗り、ひたすら道の先を目指していた日々の。
「――走るだけなら今でも出来るっシヨ」
「え?」
 そう口に出していたのは、目の前の高校生の浮かされたような情熱にあてられたのかもしれない。懐かしい、巻島もその渦中にいたことのある、一度きりの高校三年生の夏――それを今味わっている東堂に。
「あと二時間で仕事が終わる。待てるか。――オレのロード、おまえに見せてやるヨ」
 東堂は何も考えていないだろう速度で頷いた。真剣な顔の上で頷く勢いに負けたカチューシャがずれるのを見て、巻島は、クハ、と笑った。



 巻島が乗るボックスカーは運転席の後ろがほぼフラットな状態になって、タイムの愛車が乗っている。固定されたそれを外し、駐車場のアスファルトの上に下ろすと、東堂は言葉もなく無言で、だが、嬉しさをこらえた口元がむずむずと弧を描いている。
 おかしなやつだ――医者がロードに乗ることにこれほど喜ぶ患者がいるだろうか。おかしくて、巻島はつい笑いそうになってしまう。
「乗ってみるか? おめぇのリドレーの方が、最新のタイプだろうが――」
「いや、いい。巻ちゃんのロードに乗りたかったわけではない、オレは巻ちゃんと一緒に走りたいのだよ」
「ダメだ」
「なぜだ!」
 東堂の声が荒げられる。反射的なものだったのだろう、恥じたように東堂はわずかに口を噤んで、また、なぜだ、と今度は小さく尋ねた。目が少し、拗ねている。
 早合点しやがって、と巻島はフゥと溜息を吐き、自分より少し低い位置にある、秀でた額を指先で弾く。カチューシャで前髪を上げた額は、非常に弾きやすい。小突くのと大差ない力加減だったが、不意を撃たれて面食らった様子の東堂がぎゅっと目を瞑る。
「いっ」
「勤務終わったばっかで走りに行ってられるかヨ。休みの日まで待て。東堂ォ、ヒマな日いつだ?」
 そう問うてやると、はっとした少年は「巻ちゃんに合わせる」と答えた。まるでデートの約束のようだと巻島は一瞬思い、アホか、とすぐに思い直す。
「そんじゃ、手帳見るからちょっと待ってろ」
 東堂を待たせて、ひとまずロードを車の中にしまう。後部座席からダッシュボードにあったはずの手帳を探ろうとして、巻島はさっきから東堂を待たせてばかりだと言うことに気づき、「座ってろよ」と車内に招いた。
 不精をして運転席に座らず、後ろから身を乗り出してダッシュボードを開く巻島の耳に、東堂が乗り込む音と、ドアの閉まる音がする。
 このまま家まで送ってやっても良いかもしれねェな、と考える巻島の背に、とん、と暖かな重みがかかった。
「巻ちゃん」
 ぽつん、と小さく東堂が巻島の名を呼ぶ。背に触れてきたのは東堂の体だった。肩をぶつけるように身を寄せている。
「何だよ、東堂。疲れたのか……」
「巻ちゃん」
 巻島の、少し心配げな色の滲んだ声をさえぎるようにして、東堂がまた巻島の名を呼ぶ。背に触れていた東堂の肩が動き、腕が、巻島の体を抱きしめた。
 脇から巻島の心臓の上を通って真正面に行った東堂の左腕には、巻島のドクリと跳ねた心臓の鼓動が伝わってしまっているだろうか。巻島は、妙に冷静にそう考える。
 実際は、動揺し過ぎて、本題について頭が一切動かなかっただけかもしれない。抱きつかれている? 東堂に?
 混乱して硬直した巻島に、東堂は更にきつく抱きつき、犬猫のように頭を摺り寄せてきた。
 巻島の長い後ろ髪に、日に焼けた鼻先を埋めて来る。うなじにかかる東堂の深い呼吸が――息が熱い。
 その瞬間、ゾクリと巻島に走ったものは、認めづらいが確かに性感だ。不快感や嫌悪感ではなく、肌の神経が一気に目覚めるような性感だ。
「巻ちゃん、好きだ」
 強い腕で巻島を抱きしめ、髪に鼻先を埋めたままで東堂は言った。
「好きだ。不意打ちのような真似をしてすまない。だが、オレの膝を心配してくれる巻ちゃんがありがたくてな、最初の好意は先生としてだったよ。だが、気づいたら、たまに笑ってくれる顔が嬉しいと、それ以外のことも考え出していた。巻ちゃんのロードを見たら今度は、オレと巻ちゃんに共通点があるのだと嬉しくなった。医者として以外の時間をオレと過ごしてくれるのだと言う巻ちゃんを見ていたら、もう、どうしようもねェ気持ちになって……」
 そこまで一息に語った東堂は、寄り添って来た時と同じ唐突さで、ばっと巻島から離れた。なんなんだ、とその唐突さに頭がついていかない巻島は、目を瞬かせながらぎしぎしと音がしそうなぎこちなさで振り返る。
 後部座席は半分シートを外してロード用、半分シートをフラットにしてある。
 そのフラットになったシートの一番端、バックドアの方まで、東堂は離れていた。隅っこにべったりと背をつけて目いっぱい離れている東堂を見た巻島には、先ほどの告白の動揺よりも、その唐突な変化への怪訝さが上回る。
「東堂ォ?」
「いや、まずい。待とうではないか、巻ちゃん。近寄ってはならんよ」
「オレの車ン中でなに言ってるっショ」
 ロードを避け、シートの上を這うように巻島が近づくと、東堂はますます端に逃げようとしたが、車内はそこまでだ。逃げられずに巻島はあっさり東堂と至近距離まで辿り着く。
 いやに前かがみの東堂に、上目遣いに見上げられた。目じりが赤い。頬も。どうしたのかと様子をうたがうと、ごそ、と東堂が身じろぎ、膝が揺れたので、合点がいった。
「おめぇ、もしかして勃っ」
「ハッハッハ、大人はデリカシーがないとは思わんかね!」
 笑って誤魔化す勢いの東堂に、もっともなことを言われて、巻島は黙る。
 事実確認をしたかっただけだと言うのは言い訳に聞こえるだろうか。勘違いだったら困るっショお互い、と言おうか言うまいか迷う巻島の沈黙を、どう取ったのか、東堂は、ぎゅっと眉間に皺を寄せ、巻ちゃん、と真剣な声で巻島を呼んだ。
「……すまないが、オレは、巻ちゃんとたぶん、セックスがしたい。キスもしたい」
 先にキスしたいからとか言うのが定番じゃねェの、と巻島は思い、定番な走りをしていない自分が言えたことではないなと思い直す。
「だから近づいてはならんよ、巻ちゃん。オレは自分に下心があると気づいてしまった――もうずっと気づいてはいたんだ。巻ちゃん、オレは、」
 そこで、東堂は言葉を止めた。巻島の唇が、早口で動く唇の横に触れたせいだ。
 ――オレも気づいたぜ、東堂。
 巻島は、それを言葉にはしない。下心があることを。いや、下心ではない――恋、と言う気持ちだ。
 伝わるよう、巻島は、そうっと東堂の唇を嘗めた。この距離でも、いい。この距離がいいのだと、伝わるよう。
「……巻ちゃん」
 それ以上、言葉はなかった。
 噛み付くように唇を塞がれ、飛びつくように抱きしめられ、巻島は背からシートの上に倒れこんだ。
「巻ちゃ……っ」
「オイ、がっつくんじゃねぇショ、コラ! カーテンっ、カーテン閉めろ……!」
 仮眠用に取り付けてある窓と運転席間のカーテンを示すと、巻島の上に乗り上げた東堂は、切れ長の目をはっと瞬かせ、すまない、と言って指示通りカーテンを閉めた。
 一際暗くなった車内で見つめ合う。沈黙があった。こりゃ冷静になる時間は要らねェ――と巻島は覚悟を決める。沈黙で知ったのは、落ち着けば落ち着くほど気恥ずかしさが増すと言うことだけだ。
 長い腕を伸ばして、東堂の首と頭を両手で抱き寄せる。見開いた目のふちを巻島が悪戯に嘗めてやると、ピク、と東堂の揃った睫毛が震えて、舌にくすぐったい。
 近い距離で視線を合わせた東堂の目は、興奮に僅かに潤んでいて、自分に劣情を持つ男に対して「可愛い」と思うことがあるなどと、巻島は初めて知った。
「巻ちゃん、その……」
「ン?」
「先に言っておくが、オレは巻ちゃんにいれたいぞ?」
 直球極まりない真剣な訴えに、巻島の「可愛い」などと感じて柔らかく解けかけていた気持ちが、ピシリと固まる。
「おめぇ、そりゃ展開が早ェっショ……」
「今日でなくともいざと言う際の話し合いは必要だろう。オレは巻ちゃんにいれたい。そういうやり方をしたいが、巻ちゃんの気持ちを考えないことは当たり前だがしたくない。巻ちゃんはどうだ? 返事は今でなくても良いよ。いつか、考える時が来たら、オレの言葉を思い出してくれればいい」
 年下の男の、極めて紳士的な言葉に――内容が直球ではあったが――巻島はぽかんと東堂を見つめた。東堂が巻島を見下ろす顔は、興奮に赤らんではいたが、それよりもなお幸福さが滲んでいる。
 巻島は沈黙ののち、がし、と指で自分の長い髪を掻き回し、ふーっ、と長く息を吐いて、
「……東堂ォ、おまえ、コンドーム持ってるか?」
「え? ああ」
「エロガキ」
「部の連中が面白がって寄越しただけだぞ」
「なんで」
「好きな相手が年上と話したからな」
 好きな相手。年上。その言葉が示す相手が、自分であること――さっきから巻島は、何度か息が止まりそうな心地になっていた。
 恋、とは、こういうものだっただろうか。恋をしたことは二十四年のうち一度や二度ではなかったが、こんなに息苦しく、突き上げるような衝動があっただろうか。
 巻島は考えたのち、衝動のままに動いた。荒れがちな指先に塗るための、ワセリンの簡素なプラスチックケースを車内の鞄から取り出し、何事かと見つめる東堂の前で蓋を開いてやる。
「コレ」
 シートの横にワセリンを置いて、示した。
「と、おまえのゴム。使えよ」
「え。巻ちゃん、それって」
「オレは怪我したくねぇからなァ、……がっつくなヨ」
「巻ちゃん、オレ」
「いざって時の話し合いは終わり、ダロ?」
 驚いた顔でゴクリと喉を鳴らす東堂の、制服のシャツの襟を掴んで引き寄せ、巻島はシートの上で力を抜く。そうしたい衝動があった。東堂がしたいことを叶えてやりたい、と。それは巻島の望むことなのだと。
 また噛み付くような勢いのキスが東堂から来る。
 足を絡ませ、体を擦り付け合いながら、巻島は唇を開き、熱い舌を受け入れた。それだけで全身にぞくぞくと甘い熱が巡る。
「まき、」
「ン」
 東堂の呼ぶ声を舌ごと絡め取る。
 まるで味を確かめるように深く絡め合った後、東堂は、チュ、チュ、と小さなキスを繰り返しながら巻島の脇腹を撫でて来て、あァ恋人のキスだな、と、巻島は妙にじんわりと東堂との関係が変わったことを実感した。
「……キスは初めてじゃねぇショ、おめぇ」
「ム、オレは巻ちゃんの今までの経験なんか聞きたくないぞっ」
「イヤ、そうじゃねえよ」
 東堂は思い切り嫌そうに反応した。巻島としてはそういう話ではなく、させたいようにさせておいたとき手順的に自分の身があやうくないかを確かめたい気持ちで口走った言葉だったのだが、東堂はこれ以上言うと両手で耳を塞ぐなりしそうな勢いだ。真剣な顔で、首をぶるぶると横に振っている。その頬が緊張に強張っているのを見て、巻島は急に力が抜けた。
「まあ、いいか……」
 なるようになる――巻島の気持ちはそこへ落ち着き、東堂の緊張した手を引き、誘う。
「オレもおめぇ相手にゃ初心者だヨ、尽八」
 そして緊張に強張る頬に口付けた。
 耳元に近い位置で、ふ、と短く吐き出した巻島の吐息と、繋いだ指先の少しだけ冷えた体温に、東堂にも巻島の緊張が伝わっただろう。少し驚いた顔をした東堂の指先にかぷりと噛み付いて、ニヤリと笑ってみせる。それを見た東堂も、驚きを消し、目を笑みに細めた。
 緊張はする。するが、同じだけ期待もしているのだと、どうやら上手く東堂に伝えられたらしい。繋いだ指は、今度は東堂から絡められ、五指を互い違いに合わせて結ばれる。
「……巻ちゃんに呼ばれると感動するよ。オレの名前は本当にいい名前だな!」
「そーゆう反応すんのがおめぇらしいっショ」
 二人して笑って、唇を合わせた。舌が伸ばされて来たので、巻島は唇の間でちらりと相手の舌を嘗めてやる。東堂も真似て嘗めてくるので、またそれを嘗め返す。
 やわらかく濡れた感触を嘗めていると、唾液が湧いてきて、小さく嘗めあうだけではすぐに足りなくなった。
「まきちゃん」
 ち、と濡れた唇が離れる音が微かに立ち、その音の後に、東堂が掠れた声で巻島を呼ぶ。巻島は、離れた唇に自分から唇を寄せ、ち、と、また小さな音を立てた。
「なん、だ……東堂ォ」
「巻ちゃん、なんか、いい匂いがする。さっきからだぞ。近くにいるとクラクラする」
 困ったように顰められた東堂の眉をからかう間もなく、巻島の体が震えた。東堂の繋いでいない方の手が巻島の薄い腹をまさぐって、ベルトに辿り着いたからだ。
 カチャカチャとベルトの金具が鳴る音が気恥ずかしく、巻島は繋いでいた手を引き戻し、両腕を顔の上に乗せてしまう。すると、両手が自由になった東堂は素早く、巻島の下衣を膝下まで引き抜いた。
 下着のボクサーパンツまでは脱がされなかったが、キスだけで反応を示し出している自覚のある巻島は、僅かに腰が引けた。
「手際がいいショ」
「巻ちゃんにもっと触りたいからな」
 恥ずかしさで口にした言葉も、真面目な言葉にたやすく打ち消される。巻島は返事をせず、足首でたごまったスラックスを、蹴るように脱いだ。
 触れてくる東堂のかたい手のひらに、最初は遠慮がちに、すぐに大きい動きで太腿を撫で回された。──と思うとその手は、また遠慮がちに触れては肌から浮き、そして、また触れる。
 手のひらで肌の感触を確かめるような触れ方に、くすぐったさと淡い性感を煽られ、巻島は腰に力を入れた。
「……ふ、ぅ」
 じりじりと甘ったるい感覚に満ちて来て、くすぐったさではないもののせいで、クハ、と笑いが洩れそうになる。これはきっと幸福感だ。その感情が与える甘さに、巻島は笑ったつもりだった。しかし、実際口から出て来たのは震える吐息で、自分の予想以上の興奮を自覚する。
 巻島が顔の上に乗せた腕に噛み付くようにして声を押さえていると、尻の方へと撫でた東堂の手に掬い上げられて、腰が上がった。東堂の指は腿と尻の中間辺りに入り込んで来て、そこで薄い肉を揉むように指が動くたび、呼吸で上下する巻島の胸の動きは徐々に大きくなる。そこに、ふと、東堂の額が押し付けられる。
 その瞬間、どくん、と巻島は自身の心臓が跳ねたのがわかった。東堂の黒髪のつむじを見下ろして、巻島は、自分の心臓の音がどれだけあからさまに東堂に伝わっているのだろうかとうろたえる。
「巻ちゃん」
「なん、」
「触れられるんだと思うと、おかしいな、手が震える」
 ずっとこうしたかったんだ、と胸の上に囁かれる。頬をすり寄せる仕草は、まるで犬のようで、甘えられているのだと思うと巻島の腹の奥はずくりと甘く疼いた。