ナイトキャップ





 あかるく、おおげさなほどに青い空が窓の外に見える。
 七月に入ってからここのところデイバンは晴天続きで、そろそろ一雨来て欲しいと思う頃合いだ。乾いた砂が、ここCR:5本部の玄関先にもよく舞っている。
 あともう一ヶ月、いや半月もすれば、電話部屋の名残を見せるこの執務室にも、うんざりした溜息がちらほら聞こえ出すだろう。そう予感させる強さの日差しが、室内を明るく照らしていた。
 電気を通して使う品が他の部屋より多いベルナルドの執務室は、すでに他の部屋よりも室温が高い。シャツの袖は、ベルナルドもザネリも揃って肘までまくり上げている。
 ゆったりと座れる特注の執務椅子に腰かけていたベルナルドが、むき出しの手首に嵌めた腕時計を見ると、針は十三時からもう少しばかり回っていた。室内を見るとザネリは書類に視線を落としていて昼食の頃合いだと言うことに気づいていない。コンコンとノックの要領でテーブルを叩いて音を立てると、視線がベルナルドに向けられる。
「ザネリ、一時間休憩にしよう。昼食のあと再開だ」
「はい、コマンダンテ」
 返事をしたザネリはちらりと時計に視線をやると、手早く手元の書類をまとめ、ペンを置いて席を立つ。
「コマンダンテ」
「どうした、ザネリ?」
「ボスに頼まれたことなのですが、十四時までにコマンダンテが昼食を取らない場合、サンドイッチを持ってくる手配になっています。お持ちしますか?」
「──ン、あ、ああ、そうか。いや、後から自分で厨房まで取りに行こう」
 思いがけない名への動揺は隠せただろうか。はい、と淡々と応じるザネリが目礼をして、部屋から退席する。──最近夏の暑さで昼間食べる量が減っていた。ジャンに気づかれていたのかとベルナルドはひっそりと自分の腹を擦り、夏前より若干手のひらに当たるようになった肋骨を確認する。
 サンドイッチならば冷める心配もないし、三十分ほど眠ってからでも充分平らげられるだろう。朝から帳簿と上下する株価の数字たちを見続けた目は、栄養よりも休息を求めている。
 そうして部屋に一人になったベルナルドは、まずは睡眠の方を求めた。
 窓から差し込む太陽光の眩しさに、まずはブラインドを下ろそうと自分の椅子から立ち上がって、ガラス越しに見上げた空は青い。ベルナルドは疲労した目を眩しさに眇める。沁みるような夏空の青さだ。
 ──そういえば、こんな青い空を昔も見た。
 今と同じ、網膜に刻み込まれるような鮮やかな青を思い出しながら、ソファに縦に長い体躯を投げ出して横になる。密な織りのカバーがかかったソファに身を預けると、くらりと眩暈のように感じるのは眠気だ。四肢が重くなって行く。ベルナルドは記憶の中にある昔の青さを脳裏に描きながら、眠気のままに意識を沈めて行った。




 それは1920年代も半ばを過ぎ、1930年にも手が届くような気分になる頃のとある夏の日のことだった。ベルナルドは午前中で組の仕事を終え、当時住まいを持っていたアパートへの帰路についていた。
 仕事を終えたとは言え、午後の予定はドン・カヴァッリの鞄持ちをしている少年に、今度お供をするパーティー用のコンプレートをあつらえてやれ──とカポ・アレッサンドロに頼まれての予定だから、仕事の関係と言えばそうだ。しかし今、「これは仕事だ」と気を引き締めないとすぐに緩んでしまいそうなほど、ベルナルドは浮き足立っていた。
 それは、普段は気にも留めない街角の花売りのワゴンから一束ひまわりを買ってしまうほどに。
 それは、普段はひたすら足を動かして通り過ぎるベーカリーに気づくほどに。
 足が止まったのは、鼻先をくすぐる小麦粉の焼ける匂いだった。匂いのもとを追うように見た先では、ガラス貼りの店頭にパンが並んでいる。
 うまそうだと思う前に、こんなところにベーカリーがあったのか、と思った。
 毎日この道を通ってはいたので、魔法のように急に建物が現れたわけではないのもわかっているが、店の種類を意識したことがない。日々の生活に必要のない店だからだ。ベルナルドの最近の食事はと言うと、朝コーヒーを飲み、仕事に出る途中のスタンドで新聞のついでに何か摘めそうなものを買い、付き合いがてら昼を済ませるようなことしかしていない。さほど量が要る方ではないので、毎朝自宅にパンを置いておく必要はなかった。
 そんな風にベーカリーへ縁のないベルナルドが今のアパートに部屋を借り、この道を使うようになって一年余りが経つ。なのに、今日に限って目が留まった理由に、心当たりはあった。
 今日は、コンプレートを仕立ててやる、ドン・カヴァッリの鞄持ちをしている少年──ジャンカルロが、ベルナルドの部屋へ来る日だ。部屋で待ち合わせて、それから店へ連れて行ってやる予定でいる。普段目にもつかないパン屋に目が留まった理由はそれだろう。浮き足立つ心を自覚せざるを得ない。
 ジャンはたぶん、ベーカリーのパンも好きだろう。やつに好き嫌いはない。大食らいではないが、まだ成長期のようで、気持ちのよい食べっぷりを見せる。そして、初めて会った頃と比べるとずいぶん青年らしい顔つきと体つきにはなって来たけれど、いまだ細身である。
 美味そうなものを見ると、ベルナルドはいつも、あいつに食わせてやりたい、と思った。彼に食事を与えること、食事のテーブルを共にすることを、いつからか随分と楽しみに感じていた。
 うめー、と素直に感情を表現し、ありがとな、ベルナルド、とあの笑顔で言われることを楽しみにしていた。
 そりゃあ多少浮き足立ちもするさ、と開き直りすらする。ベルナルドは、ジャンのことを考えていると、今まで見過ごしてきた様々なものが目につくような気がした。
 世界は重苦しいコールタールや濃い雨雲色で塗り潰されていると思ったこともあると言うのに、ジャンのことを思い出すと、きらきらと眩しく感じられる。これは重症だと自身の思考に苦笑しながら、ベルナルドの足は店のドアへ向かい、手はドアノブを押し開いていた。
 ドアについていたカウベルが、からん、と鳴って店内に来客を知らせる。そこにはパンの焼ける匂いや、もっと甘い焼き菓子のあたたかな匂いが、ふわりと来客を包み込むように満ちていた。
「いらっしゃいませ」
 他に客はいなかったが、清潔そうな真っ白いコックコートを着た青年が台に焼きあがったばかりらしいバゲットを並べていて、ベルナルドに声をかけた。柔和な顔立ちはベーカリーの店主らしい大らかさが滲み出ているようだ。その隣、エプロンをつけて空のトレイをいくつも抱えていた女性は、同じようにいらっしゃいませと微笑んでから両手いっぱいのトレイと共にカウンターの奥へ消えて行く。
 パンは店の中央に並んでいた。小花柄のクロスがかかった台の上、きれいに磨かれた木のトレイへ焼きたての音すら聞こえそうなバゲットが並んでいるのを見ると、ベルナルドの目も鼻も、何より胃も、すっかりそれを買う気になっている。洋品店へ出向く前に、適当に具を挟んでサンドイッチを食わせてやろう、と、ジャンの顔を思い浮かべたときのことだった。
「こんにちは、オルトラーニさん」
「──失礼、どこかでお会いしただろうか」
 急に声をかけて来たのは店主で、客に挨拶をすることに不自然さはないが、あいにく、記憶にない顔だ。入った記憶のない店の店主に名を呼ばれる不自然さに問い返すと、店主は、いいえ、と微笑んだまま首を横に振る。
「ご挨拶はしていませんが、ドン・ヴェスプッチの新年会でウエイターをしていました」
 そうして彼の右手が見せる仕草は、グラスをあおる真似だ。CR:5がアルコールをさばいている関係の店のひとつかと理解し、なるほどと頷いてみせると、彼は英語で言ってきた挨拶の言葉を、あらためてイタリア語にしてベルナルドへ述べた。
 店内にちょうど客が途切れていたのもあったのだろう、酒の密売も行う店主は、カウンター裏から奥へと続く分厚そうな木のドアをコンコンと指の背で叩く。
「おひとつどうですか」
 ちらりと視線を寄越したのはベルナルドの手にある花束だ。さきほど街角で買ったものなので新聞紙に包まれてはいるが、ささやかにイエローのリボンが巻かれているため、プレゼントに見えたのだろう。どうでしょう、もし、祝い事ならば──と丁寧に話し出す。
「ちょうど上物のシャンパンが入ったところです、シャンパンは楽しい時間を演出するアルコールだと思いますが」
「そう、だな──いや……」
 今のような禁酒法の時代でなくても、昼間からシャンパンなど浮かれすぎだろう。頷きそうになった自分に苦笑したベルナルドは、安いワインを、と首を横に振る。
「薄いやつでいい。今日は、特に何かある日じゃないんだ」
 いくらベルナルドが万歳と言いたいほど浮き足立っていたとしても、今日は、何でもない日だ。
 何でもない日だが、ジャンの顔が見られる日だ。
 早く顔が見たいと思うと遠い目をしそうになって、財布を取り出すふりで視線を落とす。表情を隠して視線を手元に向けながら、ジャン、とベルナルドは胸の中で金色のひかりの名を呟く。ジャン。ジャンカルロ。お前は──お前は、俺の──





「──タッダイマー、ダーリンいるぅ?」
 ノックの音が素早く二回。それを追うようにして明るい声が飛び込んでくる。
 ベルナルドの耳は、眠りの中にあってもその声をはっきりと聞き取った。はっと開いた目には室内の明るさが認識され、次に眠りのうちにかいていた汗で首筋がべとついている感覚が沸いて来て、ここが昔立ち寄ったベーカリーではないことを──今見ていた光景が夢なのだと思い出す。
「……ああ、おかえり」
 うとうとと淡い眠りからはすぐに覚めるが、覚めてすぐの寝ぼけた頭では、いつもより反応が鈍くなってしまった。ふざけた口調に普通に返してしまったことを口にしてから気づいたベルナルドは、眠気覚ましに手のひらで目元を擦り、サイドテーブルの眼鏡をかけ直す。
 そして起き上がり、ドアの方へ振り返ると、ジャンがドアを開けて入ってくるところだった。寝ぼけていたことを誤魔化すべくにっこりと笑う。
「おかえり、ジャン。マイハニー」
「あ、スマン。寝てたのけ?」
 顔を見合わせるなりジャンが言う。どうやらまったく誤魔化しきれなかったようだ。格好つけたことが僅かに気恥ずかしく、ベルナルドは、ああ、うん、と曖昧な返事をして、今度は誤魔化さずに欠伸をする。酸素を得て少し頭がはっきりとした。
 ジャンはまだ眠そうなベルナルドの様子に小さく笑って、隣に並んで座った。遠慮のない近い距離で、肩同士が触れ合う。涼しくはない室内だが、シャツ越しのジャンの体温は、しみこむように心地良い。
「モーニン。あんたがシエスタなんて珍しいな」
「なに、たいしたことじゃないさ」
 少し首をかしげて顔を覗き込んでくるジャンへ、ベルナルドはわざとらしい済ました顔と声で返す。
「暑い日の一番暑い時間に働くなんて効率が悪いだろう……って、あと四十年後の俺なら言えるかもしれないが、今はまだその時期じゃないな」
「ウン、それで? メシは食ったのけ?」
「……その、昼食の時間はもう三十分ほど後にしようかと思ってね、先に眠っていたのさ。食わないつもりじゃない」
 答えると、ジャンの手が伸びてきて、腹の上を擦られた。筋肉で引き締まったそこは、もう少し場所を変えるとうっすら肋骨が浮いている。平たい、胃にろくにものが入っていない腹をゆるゆるとシャツ越しに擦ったあたたかな手は、ぺしりと緩く叩いてから去っていく。
「おじちゃん、毎日お疲れさまねえ……せめてあと二十年くらいにまけとこうぜ、オヤジなんか、もう言ってそうだろ」
 痩せて肉の薄いベルナルドの腹にジャンはおどけるように肩を竦め、きっといまごろはマディラワインにプロシュートで休憩中だぜ、とアレッサンドロの話を続ける。語られる予想のイメージは容易で、ベルナルドは思わず笑ってしまう。それと同時に、アレッサンドロが今へ辿り着くまでに行ってきたことの重みを想った。
 組を守り、自分を守り、部下を守り、守られて、今そこの場所で寛いでグラスを傾けるまでに、どれだけの積み重ねがあったのだろうか。ベルナルドが知っていることは少なくはないが、きっと、全ての出来事には程遠い。アレッサンドロの負っているものと同じくらい、ベルナルドやジャンが負う頃に、同じようにグラスを傾けていられるだろうか──と過去の夢を見ていた反動のように未来を想ってしまったベルナルドが思わず黙り込んでいると、気づいたジャンは気を惹くようにベルナルドの目前で指を振った。目前で揺れる指に、は、と目を見開いて沈みかけた思考を振り払う。
「ベルナルド? どうかしたか? ……まーた仕事のことでも思い出してんだろ」
 振った指を立てて指摘するジャンの表情はニヤついて、どうも上機嫌の様子だ。からかうわけでもないのにその表情はなんだと首を捻り、ベルナルドは膝に肘をつきながらジャンの顔を覗き込む。──ぐっと近づいたベルナルドの鼻先に届くのは葉巻の匂いと、僅かに甘いような、アルコール臭。
 なるほどと目を細めると、ジャンもつられたように目を細めて笑う。間近で見るそれにキスをしたくなって、鼻先をジャンの鼻先に触れさせた。
 犬猫の挨拶のような接触に、くつくつとジャンが笑い声を立てる。
「ずいぶんとご機嫌だな、ジャン? 何かスタンドで買い食いでもして来たのか?」
「やだわ、ダーリン。アナタに会うために真っ直ぐ帰ってきたに決まってるじゃない」
「フフ、こいつめ」
 わざとらしい演技にわざとらしく言葉を返し、ベルナルドは席を立った。触れ合っていた体温が離れるのは名残惜しく感じたし、ジャンの視線が追ってくることもあって、入り口のドアの鍵を素早く閉めるとすぐに踵を返す。
「ベルナルド?」
 密室になった部屋で、どうしたのかと見上げるジャンの隣に座り直す。顔を寄せて、先ほどと同じ、鼻先が触れ合う距離まで近づいたが、ジャンは慣れた様子で逃げることもなく、無防備だ。そのことにベルナルドの背筋は悦で淡く痺れる。
「自白を待つよりも、」
 囁いた声はジャンの唇に触れる。ベルナルドは、何か言おうと開きかけたその唇へ吸い付いて言葉を封じ込めた。
 反射的に閉じてしまったらしくぴたりと閉じた唇の狭間に舌先を這わせたら、一瞬の間のあと、受け入れて開かれる。ベルナルドのシャツの袖にジャンの手がかかって、くっと引かれた。引き寄せられたぶん身を寄せると、ソファの背へジャンの体を押し付ける体勢になる。
 ベルナルドはジャンの上唇の裏側を嘗めながら、咥内へ己の舌を差し入れて行く途中、その舌先がジャンに吸われると、許された心地になって今度は大胆に舌を絡めた。
「ん、っ……」
 ぬるりと粘膜同士が擦れると、ジャンの鼻にかかった声が至近距離で響き、うなじでぞわぞわと産毛が立ってベルナルドは薄く開いていた瞼を閉じた。
 キスをかわす姿が人目につかないよう鍵をかけたのだが、密室にしたせいで、これでは押し倒しかねないと自分で思うような興奮が沸く。ベルナルドは腹にぐっと力を入れてそれを堪え、触れ合った舌をねっとりと擦り合わせた。口付ける角度を変えると、ベルナルドの眼鏡のフレームがジャンの頬に触れて、ひやりとしたのか金色に透けた睫毛が震える。
 ジャンの唾液はニコチンの苦味が香り、次いで、ベルナルドの舌はそこから微かな渋みを受け取る。舌裏からその奥、仰のいた喉の方へと向けて舌の付け根を突くように伸ばしてくすぐった。くちくちと細かい水音を立てながら相手の舌に残っている味を味わうと、体を押しつけているジャンの体はぴく、ぴく、と不規則に跳ねる。
「ん、んぁ、んっ、……ふ、ぅ……」
 甘く鳴くひそやかな声を耳と舌の震えで感じ取りながら、舌で舌をなぶっているうち、やがて口の間からジャンが飲み込みきれない二人分の唾液が溢れた。それは、ジャンの顎から喉へと細く伝っていく。
 ベルナルドは目の前の恋人の、喘ぐように膨らんだりしぼんだりを繰り返す胸元に、大きな手のひらをそっと押し当てた。そのまま首に向かって撫で、ネクタイやシャツの襟が唾液で汚れないうちにそこも撫でて拭う。
 ジャンの咥内を存分に味わっていた舌をその小さな口からずるりと抜き取る瞬間、ジャンは、急に抜け出た舌を追うように唇を寄せてきて、ベルナルドの背筋をちりりと興奮で焼いた。それが表面に出ないよう、澄ました顔でにっこりと笑む。
 眼鏡越しの目は熱を隠せずにいるかもしれないが、舌を吸われていたジャンは唇を薄く開き、浅い息を繰り返しているので、ベルナルドの目を覗き込む余裕はなさそうだった。
「……ほら、自白を待つよりこうした方が早い」
 そうして笑んだ唇を動かし、エスタートモルトブォーノ──と食後の挨拶を囁くので、ジャンは血の気の増した頬をぴくりとさせ、こんにゃろ、と半眼で睨む。しかし甘ったるく水っぽさの増した蜂蜜色の目では睨む効力など皆無のようなものだ。
「真っ昼間から口の中犯された気分なんですけど? このレイプ魔」
「お前にだけさ、ジャン」
「そりゃ当たり前だっての、このおじちゃんは……」
 頬を赤らめたままで呆れた言葉を投げ、溜息なのか吐息なのか、息を吐いたジャンは、くたりとソファの背もたれに身を預ける。ジャンを味わった舌で自分の唇を小さく嘗めたベルナルドが、少し考える仕草で首を傾けた。
「ワイン……で正解ですか、カポ?」
「大当たり〜。商工会のおっちゃんたちにワインを自慢されながらランチを少々」
 飲まされすぎたと欠伸を漏らすジャンの目は、間近で見ると甘くとろけている以外に、純粋に眠気も見て取れた。瞬きがいつもより多い。
「なるほど。──それでは」
「ン?」
「ジャン、こっちへ」
 腕を伸ばし、ジャンの肩を抱き寄せて両腕で囲い込む。寄り添う体温に抵抗の様子はなく、ベルナルドが抱くままにジャンは体を預けてきた。なんだよ、とくすぐったそうな声にぎゅっと強く抱きしめ、ベルナルドはそのまま、ソファへと背を倒して寝転がる。
 さっき眠っていた体勢と同じになって、天井が見える。違うのは胸の上にジャンを抱え込んでいて、ひどく浮かれた気分だと言うことだけだ。眠そうだったジャンは驚いたように僅かに身じろいだものの、ふ、と笑い声を漏らしてベルナルドから離れようとはしない。
「アルコールが抜けるまで、一緒にシエスタでもいかがですか? カポ・ジャンカルロ」
「ウム、苦しゅうない、……って、ハハ、ベルナルド、苦しいって」
 強く抱くと笑い混じりに言われる言葉へ、宥めるように背中をさすって返す。そして頬に口づけて、唇を目のふちに押し当てる。自然と伏せられた瞼の上にも唇を触れさせていると、抱いたジャンの体がぐにゃりと柔らかくなった。かかる体重が少しだけ重くなる。
「ン……そうやって、気持ちよくすんのやめろよう」
 唇を啄ばむキスを何度か落とすと、チュ、と吸い付き返して来たジャンはうっとりとした吐息を吐き、睦言めいた響きでぐずる。
 やめろよと言う声は甘く、寛いだ猫のようにベルナルドに寄り添って来て、ベルナルドの心を甘くくすぐった。
「お前だって、そうさ」
 俺を魔法のように気持ちよくさせる。囁くベルナルドの言葉に二人してささやかに喉を震わせて笑うと、眠たい瞼を閉じた。