ストライクアウト







「あ」
 巻島の顔を――正しく言えば、巻島の顔を見るために見上げる角度に、東堂は思わず声を上げた。
 ジャージに身を包み、TIMEのロードレーサーを携えてレース開始時間を待っていた巻島は、顔を合わせるなり挨拶もなしにぽかんと口を開けた東堂の唐突さに眉を寄せた。
「なんっショ、人の顔見て」
 嫌そうに歪むハの字の眉に、違う、と東堂は慌てて首を横に振る。誤解をされたくなかった。 馬鹿にしたりだとか、そういうことではないのだ。
 東堂はリドレーの車体を引いて巻島の横に立つ。横を見ながら喋る時の東堂の顎の角度は、やはり、こころもち上だ。
「巻ちゃんと会うのは一カ月振りだろう」
「ショ」
「その間にオレは身長が伸びたのだよ」
「へえ」
「巻ちゃん。今日のシューズの底、分厚かったりしないよな」
「今日はいつにもまして喋るな、おめぇ。なんなん……」
 怪訝そうな顔で、巻島は、少しだけ見下ろす位置にある東堂を見た。まだヘルメットをかぶっていない東堂の頭のヘアバンドを見下ろし、その下の、悔しげに巻島を見上げる顔を見る。――そこで気付かれた。
「ク、ハハ! おめぇ、オレに背が追いついたと思ったっショ!」
「撫でないでくれないか、巻ちゃん!」
 笑いながらぽんぽんっと東堂の後頭部を撫でる巻島の手の感触は、悪くはなかったが、状況の悪さに東堂はその手を振り払うようにしてヘルメットをかぶった。
 ヘルメットの上から、ぽん、と巻島の手が軽く叩いてくる。
「背で速さが決まるわけじゃねぇっショ」
「――ああ」
 レース開始十分前のコールが鳴り響いた。


2011.07.12.