プロポーズの日







 家に遊びに来た東堂がまだ読んでいないロード雑誌の新車特集に釘付けになっていたので、読めヨと渡して巻島は絨毯の上に寝そべる。
 腹ばいになって見上げる巻島から、あぐらを掻いて座っている東堂を見ると、いつもの横顔や、立って並んだ時の少し上から見る顔と少し違っていて、思わずまじまじと見てしまう。すっとした顎のラインや、微妙に日焼けの色の薄い顎の裏だとか、下から見ても少し吊り上っているような涼やかな眦など、そんなものを。
 ……まるで見とれているようで、巻島は顎を掻き、暇つぶしを装って携帯を弄ることにした。メールをする気もないのでネットに繋ぎ、ニュースでも見ることにする。
 そこにはグラビアアイドルの結婚話が、派手な見出しつきで紹介されていた。巻島も手持ちの雑誌で見たことがある、巻島と年の差がほとんどないようなアイドルだ。以前、前髪を上げて額を出したスタイルの写真に妙に心惹かれ、被写体の名前を確認したことがあるので覚えている。

「二十歳になる前に結婚」
「しようではないか、巻ちゃん」

 なんとなくニュース内容を口にすると、雑誌を読みふけっていたくせに異常な反応速度で返事が返ってきた。まだ話の途中だと言うのに。
 視線はすっかり巻島に向いて動かなくなっている。なんだその意気揚々とした目は、とツッコミを入れると余計ややこしいことになりそうで、巻島は次の言葉をしばらく考え、

「……グラビアアイドルが、二十歳になる前に結婚したい、で結婚したってニュースでやってただけだ。全部話聞けヨ、おめぇの耳はどうなってるショ」
「ああ、朝のニュースでもやっていたな。それで、巻ちゃん。返事は?」

 食い下がる東堂の笑みから寝返りを打って逃げかけて、巻島はふと思いつき──逆に顔を寄せてやった。
 チュ、と巻島の唇が、東堂の頬にくっついて離れて、音が鳴る。まきちゃん。東堂が、巻島の距離でなければ聞こえないような小さい声で、呟いた。
 これでオシマイだと言って寝返りを打ち、今度こそ逃げると、返事は! と更に食い下がる声が背に降り注ぐ。

 だからさっきの誓いのキスで結婚はオシマイだと、巻島は心の中でだけ呟いた。


2011.06.05.