キスキスキス







 背骨がどこかへ行ってしまったようだ。
 くらくらする頭で考えても、背骨のありかはよくわからない。新開の手に引き寄せられて、ああオレまだ背骨があんのな、と頭のわいたことを考える程度だ。
 シングルベッドに男二人で寝転がるのは狭い。落ちないよう、壁際にいる新開の方に体を寄せると、まるで甘えて擦り寄ったような形になった。荒北が客観的に見た自分の行動にいささか鼻白み、身を引こうとしたら、新開に背を引き寄せられたのだ。
 ぼうっとした目で新開の顔を見ようとすると、形の良い鼻先がアップになった。なんだ、と問う間もなく、今度は分厚い唇が見えて、赤っぽい舌が覗く。さっきまで荒北の舌ともつれ合わせていたそれは、生ぬるい温度で荒北の目のふちを撫でた。産毛を逆撫でられたようにぞわぞわとする。
 荒北の背を抱いた新開の手が、Tシャツ越しに肌をまさぐって来るので、ぞわぞわとした感覚はおさまらない。落ち着かない体はどんどんと熱を溜め込んでいく。熱が苦しくて、はふ、と唇を動かして呼吸をすると、目前の新開の目がはにかんで笑った。
「あつい、な。靖友」
「オレの方が暑いだろ、おまえのが体温高ェんだからよ……」
 暑い、と言いながらも、荒北は新開の肩口に額を擦り付けて、背を丸めた。また甘えてるような形になっている、と思ったが、二度目ともなると、もういいか、とも思う。コイツほんとにあっちぃな、と思いながら、体温の熱さをもっと確認しようとぐりぐり額を押し付けていると、耳の横で、ごく、と新開の喉が鳴った。ぐいと熱い手に肩を掴まれて、荒北の体が少し離される。
 やすとも、と掠れた男の声が荒北を呼ぶ。いつも飄々としている顔の、様子が変わる。荒北の目に映った新開の顔は、笑みの形をどうにか保っていたが、余裕のなさに獰猛に歪んだ。
 呼ばれた声の低いトーンと、見つめてくる目の力強さに、一瞬、食われるんじゃねェの、オレ、と思ってしまう。箱根の直線鬼と言われた男の、飄々とした内に秘めた爆発するような激しいエネルギーを、荒北は垣間見た。ぞくりと震えたのは、ロードバイクへの情熱と、自分に向けるそれが同等のものであることがいかほどのものか考えてしまったせいだろう。それはあまりにも大きく強く、胸をいっぱいにして、新開、と呼ぼうとした荒北の声を、喉で詰まらせた。
「すげェ顔してる」
 喉で声が詰まってしまったので黙っていると、新開が熱っぽい溜息に乗せて呟く。さっきより呼吸が荒い。
「どっちが、ァ」
「どっちがって、……どっちだろうな」
 甘ったれた声、と判断出来る声で囁きながら、新開は荒北をじっと見ている。キスが来るなと察して荒北が舌先を伸ばし、促すと、すぐさま覆うように新開の唇がかぶさって来る。
 新開が口を開き、食らい付くように唇を深く重ねてくるのを荒北は許した。自分から舌を伸ばしたくらいだ。
 新開の舌は厚みがあって、荒北の薄い舌とは少し感触が違う。多分少し長い。顎の裏を新開の舌先が掠めて、堪らずにぶるりと大きく震えると、新開の腕が荒北の体に回って抱きついて来た。
 腕の中で動きを抑え込まれながら、脚の間に割り入って来た新開の太腿に、勃ち上がりかけたものを押され、じんと頭の芯が痺れる。うっかりこのまま射精でもしてしまったら最悪だ。そう思うが、目の前にある快楽は、逆らうには甘過ぎた。筋肉に包まれた新開の太腿に腰を擦り付け、脚を絡めあわせて、新開のものにも腿を押し付け返してやる。そのあきらかな固さと、唇と唇の距離が殆どゼロの状態で聞く新開の押し殺した吐息に、荒北は満足した。
 満足して笑った唇の間に、また新開の舌に侵入された。ぬるりと滑る感触で唇の裏を嘗められ、その舌先を嘗め返しているうちに、痛いほど吸い上げられて爪先が強張る。
 絡め合わせているうち、段々気持ちよさと息苦しさにぼうっとして来る。呼吸のタイミングがおそらく上手く行かないのだろう、快楽に余裕を削られ、荒北の動きはどんどん鈍って来るのに、新開は未だ食らうように荒北の舌をこね回し、啜って来る。じゅ、と生々しく唾液を啜られる音が聞こえて、首筋がぴりぴりとした。
 ぐら、と視界がくらみそうになった所で、荒北は首を緩く振ってキスから逃れる。新開の舌と絡ませることに慣れた舌が、まるで自分のものじゃないような感覚だった。新開はそれ以上キスを続けなかった。だが、はぁ、はぁ、と荒い息が交わる距離からはお互い離れない。もういい加減、抜かないとお互いきついだろうと思うレベルで、腰も舌もじんじんと熱っぽい。
「い、き」
「……なに、靖友」
「息、忘れたりしねェの、おまえ」
 熱に浮かされたようにぼんやりとした頭で、ふと思ったことを尋ねると、新開はきょとんとした。さっきまでの飢えた目とはまるで違う人懐っこい表情に、荒北はつい笑いそうになる。
「慣れてんのかよ」
 笑いそうになった気分とは違い、荒北の口から出た声は甘く掠れて、拗ねたような響きを持っていた。何言ってんだオレは、っつうか何て声で言ってんだオレは、と荒北がまたもや自分に対して鼻白んだが、新開の方は違う。
「余裕あるように見えるか」
 そう言う新開の表情が真剣で、荒北は息を呑んだ。息を呑んだまま、胸が苦しくなって上手く吐けなくなる。体は興奮していて、頭はぼうっとしていて、胸はなんだか苦しくてぎゅうっとなっている。対処しきれない。
 息が出来なくて、荒北は新開の唇に唇を寄せた。口移しの呼吸しか、なぜか、今は出来る気がしない。




2011.09.22.