ハニカムハニ







 滑稽なほどだ。と、新開は思う。
 自分の呼吸間隔の短さに、笑ってしまいそうになる。ペース配分を考える癖などどこか行ってしまった。
 それは目の前の荒北も同じだ。レースの時のような汗と、浅く短く、速い呼吸だけをまとい、荒北は、新開の前に肌を晒していた。新開も同じように、焼けた肌を晒している。
 ベッドに向かい合って座り、肌を晒して、伸ばした舌を嘗め合う。体中を、技巧など考える余裕もなくまさぐる。嘗めたいと思った場所を嘗め、浅く吸いついたところで痕がつくとまずいことを思い出し慌てて止める。
 新開が荒北の体に夢中になっているように、荒北も新開の体に夢中になっていた──そう、荒北が自分の体に夢中になって、欲情し、新開の鎖骨の上に吸いつきかけて止め、代わりに舌打ちなどしていることに、新開は深い感慨のようなものを受ける。
 ドアにしっかり施錠していることや、日曜日で近くの部屋の寮生がみな出払っている安心感もあり、お互いの呼吸や動き、肌しか頭にない。部屋の外と断絶した今は、世界にまるで二人きりのようだ。
 ──だいぶのぼせているな──
 新開は頭の隅でそう、自覚する。自覚しながらもブレーキはかからない。坂でペダルを漕ぐ時のような集中力と高揚感を持って、新開は、荒北の背に回した腕で彼を抱きしめた。乱暴なくらいの感情は、解放場所を求めて、新開を荒北に縋りつかせる。
「痛ェ、っつーの、アホ!」
 強く抱かれた荒北は少しもがき、仕返しとばかりの勢いで、新開の後ろ頭を抱き、深く口づけて来た。
 それ、逆効果だぜ。荒北のいいように舌を絡められながら、そう思って喉奥で笑うと、少し強く髪を後ろに引かれた。痛い。
 引かれて仰向いた新開の口に、荒北が上から吸いついて来るので、溢れる二人分の唾液は新開が飲み込んだ。はぁっと震えた吐息を零す間近の荒北の顔は、不機嫌そうなほど顰められていて、目元が赤らんでいるものだから、新開にとってそれはひどく色っぽく見える。
「靖友」
「ン」
 新開が名を呼び、唾液で濡れた荒北の唇を嘗めてやると、仕返しに舌先を甘く噛まれる。
 荒北の歯が自分の舌を噛んでいるのかと思うと、ぞっとするような快感が肌をちりちりと焼いた。同時に、どこでそんなこと覚えたんだ、と胸の奥がちりりと焼けて、だいぶのぼせているな、と、今度は苦笑した。
 荒北の太腿が、新開の太腿に乗り上げている。触れあった肌はじっとりと汗に濡れて、動くたびに思いがけず滑ったり、軋むように貼り付いたりした。そして互いの下肢に触れ合う手は、遊ぶように、などと言う余裕はなく、躊躇いと戸惑いと、好奇心と、欲を持って、緩慢に、かたいものを擦り立てていた。
 男の性器を握るなど、荒北とこうなるまで考えたことなどなかったが、不思議と嫌悪感はない。
 新開自身は、こう到ることを想像したことがあったので、自身の嫌悪感のなさに驚きはしなかったが、荒北もそうであることには少し驚いた。
 彼の長い足は、邪魔そうに爪先を新開の背側へ回されていて、その状況を改めて認識するだけで、新開の胸はじんわりと熱くなる。
 その熱に、新開の体はダイレクトに反応した。ぬちぬちと粘った音を立てて新開の下肢を弄っていた荒北の手が、反応を見て止まった。顎を引いて下に伏せられていた細い目が、ちらりと新開を見上げ、口の端を吊り上げて笑う。
「チンコべったべたじゃねーか。なァに考えた」
「ん? おまえのことだ」
 素直に答えると、からかう笑いを浮かべていた荒北の頬の赤みが強くなった。バッカじゃねーの、と言われる前に、彼の胸の先端の右側をきゅっと指先で捻る。不意の感覚に荒北が零す、ァ、と言う掠れた声が耳を擽って、堪えるように眉をひそめるのを見ると、もう、たまらなかった。
 どうにもがっついてしまうのは仕方がない。覚えたばかりの行為に、交わったばかりの気持ち。欲しかったものが目の前にあって、目のくらむような快感を与えてくれる。
 新開は夢中で荒北の赤く染まった耳やその裏側、首筋、襟足と弄って、その後を追うように唇と舌を這いずらせた。手の中の荒北のものは、もう、ぐちゃぐちゃと水っぽい音で擦れるほどに昂ぶっている。新開もそうだ。
「イくか」
「うるせェ」
 愛想のない言葉を交わすのは気恥ずかしさからだろうか。短く囁き合って、夢中で手を動かす。追い上げ、与えられる快感を追う。新開の肩口に額をおしつけながら、荒北がぶるりと震えた。熱が白く爆ぜる。それを確認するように、一瞬遅れて、新開も沸騰するような熱を、荒北の手に解放した。
 熱にのぼせた頭は、その瞬間、完全に理性を手放していた。近くで赤く染まる荒北の首筋に、新開は、強く吸いついていた。
 一人でする時よりもだいぶ長い絶頂が二人の中から過ぎ去り、荒北はようやく新開にされたことに気付いたようで、ばしんっと強く背中を叩かれた。衝撃に、一瞬新開の息が止まる。
「っ、」
「明日、部室での、き、着替え、どうすんだっつーの、サボるぞ、福ちゃんにはおめーが言い訳しろ、バァカ、このボケ……」
 ぜぇぜぇと荒い息混じりの、一言で終わらない荒北の罵倒を聞きながら、新開は、すまない、と詫びる。
 その詫びで、荒北は溜飲が下がったようで、わかりゃいいんだよ、と言いながらティッシュで精液を拭いだした。だが、新開の詫びは、そのことに対してだけではなかった。──新開の体の熱は、放出したはずなのに、まだ気が済まない、足りない、と訴えて来ている。
「靖友……」
 衝動を抑えきれなかった新開の手は、荒北の手首を捕らえた。
 なァに、と返す荒北に、新開は体ごとのしかかって、押し倒す。抵抗はなかった。荒北の背はすとんとシーツの上に落ちる。
 掴んだ手首を、シーツの上に押しつけた。反対の手は、崩れた荒北の膝を撫でる。手のひらに、堅い男の膝の感触がする。それを、ぐい、と中心に向けて押し、足の間を狭めた。
 新開の腰の前で、膝を寄せて、腿を寄せて、意図がわからずされるがままの荒北にすら欲情したが、何もわからずことを進める罪悪感に、新開は正直にそのことを口にする。自分の欲をあからさまに見せることに、少し、照れたような様子で、口にする。
「靖友、素股って知ってるか?」
「────このエロが!」
 適当な罵声が咄嗟に浮かばなかったらしい。罵声なのか微妙な、そのままの表現で怒鳴った荒北に、新開が顔を寄せ、しぃ、と声をひそめて囁くと、はっとした顔で口を閉じる。近くの部屋に人がいないと言っても、大声は聞こえてしまうかもしれない。
 二人揃って口をつぐみ、廊下に耳をそばだてる。しん、と静まった気配を三十秒ほど確認して、二人で、安堵の息を吐く。
「面倒くせェなァ、寮はよ!」
「まあそう言うなよ、……もっと声出したいのか? 靖友」
「新開、オメー、ぶっ叩れてーの?」
 即答だった。ハ、と、にべもなく鼻先で笑われる。
「ウサギの前での良い飼い主ヅラしてるおめーを覗き見て喜ぶ女子どもに見せてやりてェ。とんだ外面じゃねーの」
「オレは良い飼い主かは女子よりウサ吉が判断すればいいさ。それに、おまえだって可愛がってるじゃないか」
 軽い会話をかわしながらも、新開の目はじっと射抜くように荒北を見ているし、体勢は変わらない。揺るがない意思を見て取ったか、荒北はじっと新開を見返し、そして、クソ、と小さく呟く。許可だ。力の抜けた声に含まれる許しを、新開は、感じた。
 勘違いじゃないだろうかと心の底で怯えながら、荒北の引きしまった太腿の裏に、欲望を擦りつけるように腰を動かすと、どっ、どっ、と、心臓が強くポンプした。きっと荒北もそうなのだろう。筋肉ばかりの薄い胸が、新開の眼下で大きめに上下している。
「靖友」
 名前を呼ぶ以外に言葉が浮かばず、興奮と緊張で少しだけ震える手で荒北の頬を撫でると、ジロリと睨みながら親指を齧られた。痛い。そして、荒北も新開と同じように少しだけ震えている。
 だが荒北が、緊張はしているようであっても、怖がっている様子も、新開を蹴りあげる様子もないので、止める気にはならない。
 さきほど感じた許しは、気のせいではなかったと、確信になる。
「いれないからやらせてくれよ。靖友。おまえともっと、セックスらしいことがしたい」
 ストレートな新開の言葉に、齧った親指を離した荒北は、クソッ、と短く毒づく。
 荒北の腰がゆらりとくねるように揺れる。触ってもいないのにお互い、勃起していた。
 荒北が片手で目元を多い、天井を仰いで嘆く。
「信じらんねェ」
「ああ。オレも、こんなことしちまうとは思ってなかった」
 ぎゅうと狭まった荒北の太腿の間。そこは汗と、新開の体液で、想像していたよりも、ひどくぬめった。