して。







 三年の教室へ行くことは、一年にとって少しハードルが高い。
 こういう時にウェルカムレースの優勝者と言う立場は便利だった。金城のクラスメイトは今泉の存在を知っている者が多く、何を言わなくとも、金城、と窓際にいる金城を呼んでくれる。
 金城は窓際の席で、眼鏡をかけて本を読んでいた。いつも裸眼か、あるいはアイウェアをかけている金城の顔ばかり見ているので、良く見知った顔のはずなのに、出入り口まで来て「どうした」と微笑んでくる金城に、今泉は少し緊張した。
「あの、ちょっと」
 緊張で言葉がつっけんどんになる。金城は気にした様子もなく頷き、廊下へ出て来た。そのまま、廊下を歩き出すので今泉は後ろをついて行く。廊下を歩き、階段を上がり、非常階段の手前まで来て周囲に人がいなくなったところで、金城は立ち止まり、今泉を振り返った。
「それで、どうした?」
「金城さん、今日は来ないんですか。部活」
「ああ。今日は第一志望の大学に行った先輩に話を聞きに行こうと思ってな。引退したオレたちがあまり頻繁に見に行っても、……今泉、そんな勝ち逃げみたいな目で見るな」
 今泉は、よほど食い入るように見ていたらしい。金城が困ったように笑い、片手で今泉の肩をぽんと叩いて触れてくる。シャツ越しの金城の手の感触に、今泉は産毛が逆立つような感覚を覚える。悪い意味ではない。これは、けして悪い意味ではないが、今泉にとって都合の悪い反射だった。この感覚はひどく興奮と似ているのだ。
「おまえとはこれからも、勝負しようと思えばいくらでも──」
「違います!」
 今泉は金城の誤解を振り払うように声を上げた。言葉を止めた金城は、はぁ、と重く息を吐く今泉の次の言葉を待っているので、今泉は、視線を俯かせて言葉を吐き出す。
「意識してるんです」
「ん?」
「意識、してるんです」
 それ以上の言葉が浮かばない。頭の中が真っ白と言うよりも、血の気が上がって真っ赤だ。目の前が眩むような気がして、それから、金城の顔を見る勇気がなくて、今泉は強く目を閉じ、口元を持ち上げた拳に押し付ける。
「してんですよ、……わかってください」
 今すぐにでも走り出して逃げたい気持ちを押さえて、今泉は言った。声が震えていないだろうかと気になったが、自分の出した声を思い出すのは困難だった。神経が全て金城の方へ向いている。息遣いや、動き、わずかな反応でも今ならばわかるだろうと言うほどに。何か言えよ、いや、オレが何か言うべきなのか。今泉の頭の中にぐるぐると渦巻く思考は、金城の、
「ああ」
 と言う、了承ともただの相槌とも取れる声で、とうとう許容量をオーバーした。
 思い切り頭を下げ、失礼しますと声を搾り出して今泉は踵を返す。
 顔を上げて背を向ける瞬間、視界の端に見えた金城の頬が赤かったような気がするのは――気のせいだったのだろうかと、今泉が考える余裕を取り戻すのは、部室の前まで全力疾走したあとになる。




2011.11.02.