思考するカウンター







 俺が死んでたらお前どうしてた? 蝉は、ただふと疑問に思った、さっき飲んだ紅茶がコーヒーだったらどうしてた? くらいの軽さで、岩西に尋ねる。岩西がパソコンを使っている机の端に座り、足をぶらぶらさせながら、椅子に座る岩西を見下ろしているのだから、たいそうな礼儀だ。
 岩西は、唐突かつ軽い蝉の質問に、少しだけ目を見開きながらタイプしていた手を下ろすと、沈黙したのち、ふう、と、三秒くらい時間をかけて息を吐き出した。あからさまな溜息だ。いまの作業は蝉の取り分の計算だった。早く取り分をよこせと言いながら、自分で邪魔をしていては世話がない。
 このバカガキは人の気も知らないことにかけては一丁前だ。岩西は、蝉の右手に安藤潤也が向けた銃口を、よく覚えている。
「そりゃ、火葬業者に連絡して、」
「へえ」
「あちこちに金が要るな。自殺だって警察に騒がれねえようにしねえと。で、まったく金かかるガキだって言いながら、」
「ヒツヨーケーヒだっつーの! ……で?」
「岩西事務所が廃業になる」
「へ?」
 蝉はぽかんと口を開けている。そして、「なんで」と、また、ただ疑問に思ったことを口にする。お勉強のお時間かよと飽きれながらも、岩西は懇切丁寧に教えてやる。
「お前専用のマネジメントの癖がついちまっててな、他の殺し屋にも、お前にやるのと同じ調子で仕事をやっちまう危険性がある。すぅぐに岩西事務所の依頼遂行率も信用もガタ落ちだ。そうだろ? 蝉。失敗するってわかってる仕事を続けるヤツはパーだ」
「う、うん、……んん?」
 わざと早口にまくし立てた岩西に、蝉はわかったようなわかっていないような顔で頷き、それで話は終わった。
 岩西にとって、蝉は人の気も知らないバカガキだ。俺達、と二人をひとくくりにしたのは、お前の口だったんじゃねえのか? 岩西が、スチール製の机に頬杖をつきながら見た先では、蝉が岩西の説明を上手く理解出来ず首を捻っている。
 ああ、蝉がバカで良かったかもしれねえな。お前の代わりがいるはずねえだろ、蝉。岩西は口には出さず、ただニヤニヤと薄笑いを口元にへばりつかせる。なんせ自慢の、ウチの殺し屋だ。まだ、誇らしいと本人に言ってやれないレベルだったが、誇らしかった。蝉に言ってやれる日が、岩西には楽しみだった。


 岩西は、まだニヤニヤしながら考える。あれ、廃業した後のイメージがまったく浮かばかねえな、と。





2011.04.23.