深刻なエラーが発生しましたがこれがエラーだと言うのはあなたの思いこみにすぎないのではないでしょうか。






 今まで誰かを好きになったとしても世界が変わるなどと言うことはなかったし、初恋はどんな気分だったかなどは覚えていない幼稚園の頃の出来事で、初めてしたキスもレモンの味はしなかった。
 堺にとって恋とは平静なもので、心を激しく乱すものではない。





「堺、さん……っ」
 じゃあな、と帰路の分かれ道で片手を上げると、世良が常にない切羽詰まった声で、堺を呼んだ。
 別れの挨拶のために上げた堺の手首を掴んだ世良の手は、妙に熱かった。
 それに気を取られていると、掠めるように薄い皮膚同士が一瞬触れ合い、それが何なのかと堺が認識する前に、世良は掴んでいた手をぱっと離し、くるりと踵を返して全力疾走で離れて行く。

 ――何なんだ、あいつ。

 堺は追うことも考え付かず、その背を見送った。呆気にとられていた。
 呆気にとられたまますぐ近くにある自宅へ小走りで帰り、ドアをくぐる。玄関先で堺は、大急ぎで上着の袖を引き上げ、さきほど世良に掴まれた場所を確認した。
 骨っぽい男の腕――自分の腕だ。間違いない。何の異常も傷もない自分の腕だ。
 そこに火傷のあとが薄くついてでもいれば納得が言ったものの、当たり前だが、世良に掴まれたくらいでは腕に何も異常は起こらない。ならば、手の感触がやけにまざまざと残っている理由はどういうことだ。
 かさついた唇の表面が触れあった瞬間、心臓が一瞬破裂しそうになった。あの理由は何だ。

 堺にとって恋とは平静なもので、だからこれは恋ではない。

 気の短さをいかんなく発揮した堺が乱暴に脱ぎ散らかしたスニーカーは、玄関先の端と端にごろんと転がり、まるで、乱れた堺の心そのもののようだ。
 それが気に障り、直すこともなくドカドカと乱暴に床を踏み、洗面所へと向かった。心臓が跳ねたのは、風邪の予兆かもしれないと思ったからだった。手洗い、うがい、栄養、睡眠。それが効かなければ手だてはない。
 ──これは、特効薬のない病だ。












2010.12.22.