花の咲く恋もある






 いわく、咲いてしまったのだからしょうがない。


 性別、年齢、フットボール、チーム。
 その恋心――恋、と確かに世良は言った――は、それらをメインとした難関が、目の前に積み上がっているはずだ。だと言うのに「咲いたんだからしょうがないでしょ」と世良は言う。
 それで様々なことに納得、あるいは諦めのついてしまう世良のことが、一向にわからない。
 なんなんだあいつは、と唸りたくなる。まとまらない思考に心臓の鼓動が妙に不規則になり、堺は、短い髪を片手で乱暴に掻いた。
 寝床に入って電気を消したのは二時間も前だった気がする。睡眠は重要だ。疲労回復。細胞の再生。時刻も深夜零時を回っている。だと言うのに、一向に眠りの訪れる気配がない。
 脳内で延々と世良の声や顔が再生されるからだ。安眠妨害にもほどがある。堺のことを好きだと言った真っ赤な顔や、真剣な目。試合の時のように熱のこもった真剣な目。

 世良は、堺のことが好きだと言う。
 そしてそれは恋心なのだと言う。「なんで」と身も蓋もない質問をすると、いわく、恋の花的なものが咲いてしまったのだからしょうがない。
 堺は正直に、「馬鹿か」と返してしまった。ジーノが言うならば皆受け流すだろうが、世良が言っても冗談にしか聞こえなかった。だが世良はめげない。
「咲くんスよ」必死に言葉を選ぶようにして、言っていた。「咲いたんだからしょうがないでしょ」

 とりあえず一晩「馬鹿か」以外のツッコミを考えてやるから待てとの話をつけ、帰宅した堺は、今のように眠れない時間を過ごしている。
 あれは年齢差のジェネレーションギャップだろうか。世代差と言うものだろうか。


 つまり、あいつは馬鹿なんだ。うとうとと浅い眠りを繰り返し、朝陽に目覚めた時、堺はそう結論付けた。









「お前、馬鹿だろ」
 隣り合って座った公園のベンチでそう言うと、堺が奢ってやったコーヒー缶を手に、世良はきょとんと目を瞬かせた。
 公園に人影はない。この寒い時期の朝、公園で遊ぶような輩もおらず、犬の散歩や、ゲートボールなどに勤しむグループはもっと朝が早い。ちょうど空白の時間を狙って、堺は世良と連れ立ってここに来た。喫茶店で話せる話でもないし、クラブハウスでは更に話せたものではない。
「馬鹿か以外の返事じゃないっスよ、それ!」
「だからな、」
 意味を掴めずにいる世良に、堺はコーヒー缶で指先を暖めながら説明してやる。  
「お前、馬鹿だろ」
「いや、それさっきと同じですって!」
「お前も男、俺も男。同じチーム。年の差も考えてみろ。こっちはお前らみたいに気軽にハンバーガーの新商品がどうとか言ってられる年じゃねえんだ」
「あ、堺さん、もしかして昨日、俺がマックの復刻メニューの話してたの聞いて――」
「あ?」
 低い声で睨みつけると、ぴたりと世良は口を閉ざす。引き結ばれた口は、少ししてから、恐る恐ると言ったふうに開き、そして、昨日を思い出させるような真剣な目で、世良は言った。
「せっ、性別と年齢とチームがクリアされてた場合、どうなんスか?」
 また馬鹿な質問をされた。
 ifにも程がある。呆れながらも、堺は脳内で世良に言われたことを想像してみていた。
 チビの女でテンションが高くうるさくて年が近くて自分と同じポジションでなくこのチームにいない世良。目の前にいる世良ではない、生き物。そんなもの――
「眼中にねえよ」
 即答で堺は返し、世良はベンチの上にぐにゃぐにゃと崩れ落ちた。世良の挙げたifは、想像するまでもない、馬鹿な問いかけだ。
「お前じゃないお前に興味あるわけねーだろ」
 するっと口をついて出た言葉の意味を、堺は特に考えもしない。伏すように崩れ落ちた世良の頬が、冬の寒さのせい以外で赤くなったことも、知らない。
 また咲いた、とわけのわからないことを言いながら、世良は、堺にはたかれるまでベンチの上でぐにゃぐにゃになっていた。













2010.12.08.