They lived happily ever after.




※捏造設定:血縁関係なし、孤児院育ち、違法オールメイト







 ひとりぶんの充分な幸せなど得られると思うか?





 ずぅっと昔、ウイルスと話したことだ。

「俺は思わねーけど」

 と俺が言うと、ウイルスはにっこりと笑って

「そいつはすごい。同じ人間みたいに気が合うね、トリップ。俺も思わないんだ」

 と、言った。
 俺は冷めてたし、ウイルスも俺と同じく大きな期待はしない、冷静な子供だった。俺らは周囲から見たら親に捨てられたガキだったけど、這い上がって見返してやろーとか思わないし。そんなこと別に楽しくも面白くもねーし。未来とは期待するものでなく、未来の中、いったいいつ死ぬんだろう、と言う疑問程度だ。
 孤児院の中で話が通じるのはウイルスだけだった。ウイルスにとっても、たぶん。
 俺とウイルスはまるで同じ人間のように何を考えているのかがわかる。ウイルスとの間に血縁関係はまるでなく、顔だって似ていない。背丈も違う。それでも同じ色に髪色を弄り、髪形を変えると、俺とウイルスのかたちは対になった。いつも傍にいて、あいつが足りないところを俺が、俺が足りないところをあいつが補う。俺たちはひとつになって行った。
 周囲も俺とウイルスをひとつのものとして扱い出した頃、とある夜、俺とウイルスは、孤児院を抜け出した。
 真っ暗な夜の中、追いかけてくるヤツや探すヤツなんか誰もいない。食い扶持が減ったことを喜んでるのかも。盗み出した少しの現金のためにわざわざガキ二人を追ったりしないだろう。

『ひとりぶんの充分な幸せなど得られると思うか?』

 思わないが、二人なら──二人でひとりぶんの幸せなら、得られるんじゃね?

「なあ」
「なに、トリップ」
「楽しくやろ」
「そうだね」
 暗く薄汚い路地裏のコンクリの上で、ふふ、とウイルスは笑った。
 楽しくやりたい。
 二人でいると楽しいのは二倍で、寂しさは半分。 
 そんな、まるで童謡や童話めいたことを、俺とウイルスは信じて、実行して生きて来た。






 楽しくて面白いこと。体を重ねるのもその一環だった。
 触れてみれば最初は物珍しかったし、快楽はたやすい楽しさだ。相手が反応すると面白いし。セックスなんて無防備な状態で安全なのはこの世にウイルスしかいなくて、ウイルスにもそうだったから、誰かと寝るより互いを選んだ。
 何度も体を重ねると、物珍しさはなくなったが、楽しくて面白いことに変わりはない。俺は今日もベッドの上で、ウイルスを体の下に引きずり込んだ。
「べー、って、しろよ」
「色気ないなぁ」
 そう言いながらもねだりに応じて無警戒に差し出されたウイルスの舌を吸い、俺の体も無警戒にウイルスへ差し出す。ウイルスの手は自分のと、俺の性器を扱いて、俺の口はウイルスの咥内を愛撫し、手は首筋や耳元、こめかみを撫でて──
 ふと、くしゃりと髪に指を差し込んで混ぜてみた。ワックスで固めた髪は少し引っかかる抵抗をもって、だが、たやすく俺の指で崩される。
 俺と揃いの髪型が崩れる。ウイルスは少し驚いた顔で、俺を見た。俺のペニスを扱く手が止まって、親指でちらちら舐めるように撫でるだけになる。
「なに」
「いや?」
「いいけど。違う方がいいの?」
「そんなわけねーけど、別に、何でもいい」
 ただの気まぐれだ。髪型を崩すときの感触ってどんなかな、って、思ったくらいだ。
 そっくりの色にした髪色と、髪型と。
 別にそんなこと何でもよかった。周りから見て、ひとつのもののように見えればよかった。
 髪型を崩して違うふうにしても、俺とウイルスは、魂のありようがたぶん同じだ。同じだから、口付ける事にも触れる事にも躊躇いはない。同じものだからひとつになることに躊躇いはない。
 ウイルスは、あ、そう、と大して興味もない返事をして、足を俺の腰に絡めてきた。二人してお互いの体に擦り付けるようにすると、腹とか、手とかは、すぐに先走りや汗で湿った。
 汗の浮いた額をすり合わせ、口付けの合間に、は、は、と浅い湿った息が絡まる。合わさって溢れた唾液はもう混ざって、どっちのものかなんてわからない。汗だろうが、唾液だろうが、カウパーだろうが、精液だろうが、涙だろうが、どっちが俺のでどっちがウイルスのかなんて別にどうでもいい。
 トリップ。と、ウイルスが掠れた声で呼ぶ。俺は挿入するときみたいにトリップの尻を抱え上げ、トリップの手も俺の手も、お互いのペニスをぐちゃぐちゃに弄り倒す。はふはふと動物のように浅い息を繰り返し、差し出した舌を舐めあい、同じだけ、快楽を得る。真っ白い瞬きのような絶頂を、得る。




 ──今日はいれたわけじゃないから、別に中を掻き出す後始末も要らない。体をざっと拭って、ごろんとベッドに横になる。
 ウイルスは外していた眼鏡をかけ直すと、枕元で丸まっていた大型の蛇に手を伸ばした。蛇はウイルスのオールメイトだ。俺のオールメイトもウイルスのヤツも、許可されることのない、殺傷力の強い大型だ。違法だから外をおおっぴらに連れ歩くことはないけど、蒼葉に見せたらどんな反応するかな、と俺は夢想する。びっくりするかな。警察に通報したりは、しないだろうけど。
 俺がぼんやりしてる間に、ウイルスが蛇のさらさらとした額を撫でた。ウイルのオールメイトが起動して、でかい飴玉のような目を閉じてメールを確認する。
「蒼葉さんからメールだ」
「へぇ」
 ベッドの脇にいたライオンの額をぽんと叩いて、俺もオールメイトを起動する。同じように新着のメールがあることを知らせた。蒼葉だ。
「俺にも来てる」
「だろうね」
 蒼葉は、いっぺんに同じこと送って来るなよと言いながらも、こうして返信してくれる。
 蒼葉は俺たちに平等だ。冗談で片手ずつ俺たちが手を握ると、同時に振り払うか、共に受け入れてしょうがねーなお前らはと苦笑する。
「蒼葉とセックスしてみたい」
 俺が思ったことを口に出すと、ウイルスは驚くこともなく、そうだな、と頷く。
 蒼葉とセックスしてみたい。ウイルスと分け合い、あの肉体も声も魂も、俺ら二人のものにしてみたい。
「蒼葉さんが俺たちのものになればいいのにね」
「ね」
 憧れの蒼葉。俺らの大好きな蒼葉。
 蒼葉が欲しいな、と思う。ウイルスと分け合う日が来ればいいな、と思う。もしそんなチャンスがあれば、俺もウイルスも見逃さない。


 ──ひとりぶんの充分な幸せなど得られると思うか?


 ずぅっと昔にウイルスとした話を思い出す。
 どうだろね、と今の俺は返すだろう。
 だって蒼葉と一緒なら、ひとりぶんの幸福から、もっと、溢れて溢れてとまらないくらいの楽しい時間をくれるだろ?





2012.05.20.