Today 4 U







「蒼葉の誕生日だ」
「へ?」
「次の日曜日だな」
 唐突な蓮の言葉に、蒼葉はベッドから起き上がった。上半身を起き上がらせて座った体勢は、横にいる蓮と同じだ。こうして同じ格好をしていると蓮の肉体と蒼葉はよく似て見えるはずだが、日に日に蓮は蒼葉と似ている印象を薄くして行った。それは蓮の持つ雰囲気のせいだろう。表情や、仕草、声の抑揚。蒼葉とはまったく違う。
 蓮だ、と蒼葉が安堵するような表情で、声で、仕草で、蓮は蒼葉の頬を指先で撫でて来た。ぺろりと頬を嘗める犬の仕草にも似たささやかさだった。
「蒼葉、なにか欲しいものはあるか」
「ん、そこの水取ってくれるか?」
「わかった」
 指が頬から離れて、蓮側のベッドサイドにあったペットボトルを取ってくれる。蒼葉が水を飲み、ふー、と溜息を吐くのを待ってから、蓮はまた、「蒼葉」と呼んだ。
「言い方を変えよう、なにか欲しい誕生日プレゼントはあるか?」
 そこで蒼葉は、ようやく蓮が何の話をしているかと言うことに気づいた。
「プレゼント? 俺の誕生日?」
「ああ。俺はずっと蒼葉のオールメイトだったからな、プレゼントと言うものをしたことがなかっただろう」
 少し微笑んで言う蓮は、オールメイトの体だった頃ならば尻尾がぱたぱたと落ち着かなさげに揺れていただろう。蒼葉の答えを待ちわびてる姿が、かわいく、蒼葉は思わずぐしゃぐしゃと濃い色の髪を撫でてしまった。ぽわぽわはしていないが、さらさらとした手触りの髪が蒼葉の手の中でするすると滑っていく。
 蓮は、オートメイトのときは蒼葉だけをサポートしていたが、そのサポート能力はこの肉体になって以降、蒼葉の知り合いの間であちこちで便利にされて働いている。控えめだし、気は利くし、器用だし、評判はいい。それはイコールなかなかに忙しいと言うことで、こうして今のようにゆっくり過ごせる時間が、蒼葉がひそかに望んでいるほど多いわけではない。
「あー、俺は、その……こうして蓮がいるようになっただけで、一生分のプレゼント貰った気分だけどな」
「蒼葉、俺も嬉しいが、それは俺からのプレゼントではないだろう」
 勇気を出してみた言葉に冷静に返されたが、確かに蓮の言う通り、いま蓮がここにいるのは兄からの──セイからのプレゼントだ。
「じゃあさ、ずっと、一緒にいてくれよ」
 蒼葉の一番嬉しいものは、蓮が持っている。よそから何か買ってきて貰うものより、もっとずっと欲しいものを蓮が持っているので、それ以外浮かばず、蒼葉は、ささやかに甘えた声で言った。だが蓮から、返事がない。眉間に皺を寄せて考えこんでしまい、蒼葉は少し慌てて蓮の顔を覗き込む。
「蓮?」
「……蒼葉。俺が嬉しいのは、蒼葉へのプレゼントではない」
 と蓮が嬉しいのを一生懸命堪えたような、真剣に困った顔をするので、蒼葉は思わず噴出した。何を笑われたのかとますます蓮が困って眉尻を下げるので、蒼葉の方はますます楽しい気分で笑ってしまう。楽しい、よりも、幸福で、と言った方が、きっと今の気持ちに対して正しいのだろう。
「俺も嬉しいんだよ」
 困り顔の蓮の頬を、さっき撫でられたようにそっと指で撫でると、蓮の眉間の皺がとける。じっと見つめてくる金色の瞳が愛しくて、蒼葉は、何度も蓮の頬をゆるやかになぞった。
「そうか」
「そうだよ」
「蒼葉」
 囁く声と近づく顔に蒼葉が目を閉じると、額と額がくっつく。頬を両側からやわらかく包み込む蓮の手は、大きく、優しい。
「嬉しいんだよ」
 重ねて蒼葉が呟いた言葉へ、頷くように、蓮の唇が重なった。





2012.04.22.