恋愛小説のように



 めでたしめでたし、で終わる御伽噺や恋愛小説なんざクソクラエだと思ってるけど、めでたしめでたしで終わる御伽噺や恋愛小説なんざクソクラエだわと思ってる女に興味はない。
 醒めた顔で見られるのは萎える。これは我侭ではない。
 僕は、興醒めするのが嫌なだけだ。
 それくらいなら、めでたしめでたしで盛り上がらせといてぱったり終わった方がよっぽどいい。
 でも僕は、めでたしめでたし、で終わる御伽噺や恋愛小説なんざクソクラエだと思ってる。世の中、そんなオチで終わることなんてないだろ?














 目下公開中の映画原作である恋愛小説が、商店街の本屋の店先に積まれている。その光景に僕は心底感心した。

「うっわー、この本屋って普通の本もあったんスねぇ!」

 この本屋は、学生向けの雑誌くらいは店先にあっても、小説や漫画なんかは普通のものを見かけたことがない。
 漢シリーズだとかなんとか先生だとか、むさくるしそうなタイトルばかり平積みされてある中、ピンクを中心に可愛らしいパステル調のデザインでまとめた表紙は、普通すぎて逆に違和感になっていた。

「声デケェぞ、足立」

 じろりと横から上司に睨まれたので黙る。僕と上司、つまり僕と堂島さんはこの本屋へ聞き込みに来ていた。
 聞き込みに来た店主の心象を悪くされてはたまらないと思っているのもあり、単純に店でうるさくするのを堂島さんが好まないと言うのもあるのだろう。すんません、と慌てた素振りで僕が詫び、堂島さんは店主への聞き込みを始める。
 僕はと言うと、今日の夕飯はキャベツがまだあるからどうするかなぁと言う事を考えながら、比較的まじめそうな顔を作って、外への聞き込みに向かった。




 手近な学生に声をかけてみる。ちょっと聞きたいんスけど、ごめんね、最近このあたりで気になることとかありませんでしたか不審な車とか。
 不審そうな人を見る目で僕を見た学生は、それでも記憶に引っかかりがないか考え始めてくれた。田舎の住民は、まあまあ警察へ協力的だ。





 適当に質問をしてから本屋の方を振り返ると、レジカウンターに向かっている堂島さんの姿が見えた。
 熱心に手帳へメモを取っている。熱心なことだ。
 あんたの目指している先はまったくのお門違いなのに、と内心呟くと口の端が上がった。人に見られて本格的に不審がられたくもないから、それはすぐに表情から消す。
 聞き込みが終わったらしい堂島さんから店から出て来て、難しい顔で首を横に振った。有力な話は今日も聞けない。
 少し休憩するかと言う堂島さんの言葉にハイと頷いて、僕らは近くの四六商店へ缶コーヒーを調達に行く事にした。つかもう帰りたいんだけどさ、俺。
 稲羽に来てから、都会にいた頃と比べて靴底が恐ろしい速度で磨り減って行く。僕はよく歩いた。堂島さんは、きっと更に多く歩いている。
 堂島さんは疲労を滲ませることはあっても、仕事中にやる気のなさを見せたことはない。基本的にまじめな人だ。醒めた目をしたりしない。
 堂島さんはその正義感と情熱で僕を呆れさせるけど、興醒めはさせない。

「おい、足立」
「はい?」
「もう10分したら署に戻るぞ。さっきの本欲しいなら買って来い」
「は? はぁっ?」

 思いがけない事を言われて思わず素で声が出た。脳から口へ直結。人に警戒させるほど出来るタイプには見えない稲羽署の足立透のキャラクターは随分と身に染み付き、ほとんど反射で装えるけど、たまに不意を突かれるとこうしてキャラクターだの何も考えない反応が出る。

「さっきのって、あのベッタベタな恋愛小説っスか?」

 そんな本を読むように見えていたとしたら少し考える。そういうイメージがつくような真似を何かしたのかと想像すると怖気が走った。

「…そうなのか?」

 だが僕の怖気をよそに、堂島さんは怪訝そうな顔をした。内容を知らなかったらしいその反応に、はぁと気の抜けた返事をして力が抜ける。

「一生の愛だの赤い糸だのそういう類いの話ですよ、アレ。最近CMとかいっぱいやってんですけど、堂島さん見たことないっスか?」
「家じゃニュースくらいしか印象に残ってねえからなぁ…菜々子かあいつなら知ってるかもしれねえが」

 思い出そうと首を捻る堂島さんは、やはり見た記憶がないらしい。彼の言う、娘と甥ならたしかに知っていそうだ。高校生が主役の恋愛映画は、ターゲットもやはり同年代の高校生が中心だろうし、菜々子ちゃんがTVを見る時間帯にCMもやっているだろう。

「俺にはよくわからんが、そういうのはお前らくらいの年代が見るもんだろ?」
「…や、僕の年代と堂島さんちの子たちの年代にはでかくて越えられない河みたいなもんがありますけどね…」

 一緒くたにされたことに困惑すると、「お前も充分若いくせに」と的外れな指摘をされた。そういう問題じゃないっての。
 好きだとか好きじゃないとか片思いだとか両思いだとか、ヒーロー気取りだったりとか、一生ものの友情だとか、そんなもので出来てそうなあのガキどもと同じにされても、僕は表面上は困惑、内心は舌打ちでもしたい気持ちになるしかない。
 何の気もなく言っている堂島さんに苛立ちを覚え、僕は、反応に困るような話題をわざとえらんで口にした。

「――堂島さんは、一生の愛とか信じてるんスか?」

 ああ、口にするだけで薄っぺらく嘘くさい響きだ。
 嘘くさい響きの言葉に、堂島さんは少し面食らったように黙った。
 予想通り反応に困り、次にはばかばかしいと笑われるか呆れられるかと思ったが、堂島さんは僕の想像と違って、ふむと息をついて考え込むような素振りを見せる。

「お前はまた、難しいことを訊くな」
「そうっスか?」
「一生だの愛だの、そうそう口に出したり考えるモンじゃねえだろ。この年にもなると余計にな。お前たちくらい若いとまた違うんだろうが…」
「いやいやいやいや、僕も普段こんな話してないっスよ!」

 また同じ扱いをしだした堂島さんに、何言ってんですか僕をどういうイメージで見てんすか大体お前たちって堂島さんちの子と一緒にしてんすか高校生の男子女子と同じにしないでくださいよ僕もうあと少しすりゃ三十路ですよ。そんなことを慌ててまくし立てると、「うちのと気安く喋ってるじゃねぇか」と首を捻られた。

「社会人と学生の差はそりゃあるだろうけどな、話題なんかそう違わんだろ?」

 確かにアンタと僕の年の差よりも高校二年のあの子との方が差は少ないが、それでも十歳の差はある。
 そしてもし僕が十年前に戻ったとしても、勉強しかさせて貰えない苦味と努力の青春を味わった僕と、捜査だなんだと嗅ぎ回ってうろちょろしてるあのガキどもと、相容れないことに変わりはない。
 だからあの子らから見たら僕なんておじさんですって、とまで言った僕の必死の訴えに、堂島さんはようやく納得したのか、「そういうもんか」と頷く。そういうもんだ。たかだか十数年前の自分を振り返って貰いたい。

「で、一生の愛とか信じてるんスか? 堂島さん」
「おい、まだその話続いてたのか?」

 狙い通りの困惑した反応を返す堂島さんに、こっちを慌てさせた仕返しだと内心ほくそ笑む。

「そーりゃそうっスよー! こんな話する堂島さんとか、もう超レアじゃないっスか」
「お前な…。あー、あれだ、信じてるかだの、そういうことは、死ぬ間際にでもならんと信じてたかどうかわからん」
「そういうモンですかね」
「一生って言うならそういうもんじゃねえのか」
「…堂島さんって、意外にロマンチスト…」

 へえー、と感心してみせると、ぐっと眉間に皺を寄せたしかめっ面の堂島さんに、平手で背中を強く叩かれた。
 一瞬息が止まって、僕は前かがみで少しむせる。
 くそ、この馬鹿力。

「馬鹿なこと言ってねぇで署に戻るぞ、足立!」
「ちょ、待ってくださいよ、堂島さん」

 慌てて追う僕の前を、まっすぐに伸びた背が振り返らず歩いていく。
 その時、僕は馬鹿なことを言うだけではなく、馬鹿なことを考えてもいた。そう、たとえば、


 じゃあ奥さんはあんたと菜々子ちゃんに一生の愛を残したのか。


 ――とか。そんな、具体的な言葉として思い浮かべると気持ち悪くなるくらいにロマンチストなことを。
 あんたにとって奥さんとの恋は、一生の愛を残されて、めでたしめでたしで終わったのかな。
 始まりもしないから終わりもしないあんたと僕と違って。






2009/01/08/



























 足立、俺はな。

 お前が少しくらい悪態ついたって、少しくらい恨み言を言ったって、そういうのを酒の肴にして一緒に呑みに行くことくらいしたっていいと思う程度のことは考えていた。
 都会から来たお前を見てエリートだと反感を持つヤツも、何かやらかして来たんだって目で見てるヤツも、お前を見ているうちに段々敵意はなくなって言った。敵意を向けるほどのものでもねぇって印象をお前から受けたんだろう。
 そうやってお前をなめている連中なんか見返してやりゃいいと、思わんでもない。
 それでもお前はへらへら笑って、やる気も中途半端に、どうにも半人前扱いしちまうような態度で過ごしていた。お前をなめている連中に対して、どうこうしようと言う気配もねぇ。
 見返してやれ、と俺が言うのは簡単だが、お前にそうする気がないなら仕方ない。
 お前に同情するよりも俺は、お前と相棒として過ごして、事件を追って、解決して。稲羽の町を守って。不当なことに泣く奴らがいないことを願って。そうやって過ごした十年くらい後にでも酒を呑みながらお前が俺に、あの頃は本当は周囲にむかついてただとか、別にどうとも思ってなかっただとか、思い出話をしたり、そういうことも願ってなかったわけじゃねえんだ。
 俺はな、足立。どこかにオチがあるようなことを望んでいたわけじゃない。
 菜々子がいつか結婚でもして子供も生まれて、甥も誰か一緒に過ごす相手を見つけて、町も少しずつ変わって行って、それでも変わらねぇモンもあると思ってる。足立、お前も俺じゃねぇ誰かを見つけるかもわからん。その可能性の方が高いんだろうな。お前はまだ若いし、こうやってんのもただのままごとみてぇなモンかもしれん。それに、こんな小さい町じゃ、都会から来たお前は過ごしにくいこともあるだろう。だが、俺とずっと、…ずっとって言えるのは何年くらいだかわからんが、まぁとにかくずっとだ、一緒に過ごすこともあるかもしれん。
 そういうことを想像して、考えて、望んではいたんだ。こういう話は、人との関係ってのはな、どこかにオチがあって終わらせることじゃない。ずっと続いていくなにかだってあるんだ。
 人生なんてな、小説のようにオチがねえといけないもんでもないだろう。
 それでも、お前がどうしてもオチをつけたがるなら言ってやる。
 お前が好きだ。
 俺は、この考えを墓場まで持って行くつもりだぞ。お前はどうなんだ。おい、足立。

 起きやしねぇか、…ったく。
 くそ、こんな呑むんじゃなかったな。


2009/01/08/