ぐちぐちと粘ついた水音が体の内側で響く。
 そんな音を立てて中を摩擦される感覚は、もう慣れ過ぎて快感しか拾わない。

 背に敷いたシーツは汗でへばりついて重く肌にまとわりつく。
 腕を伸ばして抱いた背も、同じように汗で湿っている。





プレパラート





 ――僕を抱く堂島さんは、大人の下世話な知識とアイテムで、全身ぐずぐずに形がなくさせるつもりかと思うほど丁寧に体を解して行く。
 作って行く、と表現しても良いかもしれない。されっぱなしも胸糞悪いので、男同士の勝手知ったる何とやらで煽り返してやるのを散々繰り返し、いい加減焦らしているのかこのオッサンと内心毒づきそうになった頃に、やっと挿入出来る体勢を取らされた。
 ゼリーでぐちゃぐちゃになった使う場所に触れた堂島さんのものは、がちがちに固くて何だかほうっと息が洩れた。安心した時のように。その弛緩した瞬間を狙ったように深くまで貫かれる。
 興奮に滲んだ生理的な涙に視界がぼやける。ぼやけた視界の中、見下ろして来る堂島さんの顔は痛いほどに僕の顔を見ていて、事件を追う時のような、他の事など頭にない顔をしている。たいした集中力だと時々呆れるくらいのそれが、すべて自分に向いているのは虚栄心をくすぐって悪くない。
 気分が良くなったので唇を開いて、喉からあふれ出す声を解放した。女のような声が出た。
 鼻にかかった甘えた高い喘ぎ声。こんな声、演技でなく出るものだと感心した。
「足立…ッ…」
 僕の名を呼ぶ声が掠れている。ぎし、とベッドのスプリングが軋んで、その上で体を弾ませるような強く深いグラインドが開始される。
 ああこういう声で興奮するんだ、と結構単純な所のある堂島さんの単純な場所を見つけて可笑しくなったので笑おうかと思ったが、笑っている余裕もないほど鼓動が早くなっていてどうしようもなかった。



 そこで快感を覚えるのだと知っている浅い位置を抉られて一度目の吐精を果たした後は、胸や腹に自分の精液が飛び散ったまま揺さぶられた。がっつくような勢いにくらくらして、段々思考が麻痺して来る。
 特に腰はどこか感覚が麻痺したようで、もう自分の手に負えないのでやり返す悪戯もせずに堂島さんに任せっきりにする事にした。体の下に枕を押し込まれ、高く上がる腰を中に押し込まれたものへ擦り付けるように揺すってしまうこの体たらくも、堂島さんに任せた結果だ。
 一突きごとに「ア」だの「ン」だの言葉にならないあられもない音を僕の口から出させている堂島さんの方は、かたくて熱い。粘ついた潤滑剤と、それとたぶん堂島さんの体液が混ざったぬめりで抽送に痛みはないが、抜いて入れる際の長いストロークにその大きさを意識して下腹が浅く痙攣した。
 堂島さんはがつがつしているようで、ずっと僕の顔を見て様子をうかがっている。少しでも痛そうな顔をすれば加減をする。
 僕が痛そうな顔をしただとかそんなのは正直どうでもいい。こっちもそう回数いくのもきついのだから、早くいってくれればいいのに。
 相手の熱の高さを確かめたくて意図的に中の肉で締め付けると、普段咎める時のように眉が寄って、あだち、と普段決して聞かない切羽詰った声で呼ぶものだから、胸のあたりと爪先が痺れた。
「ど、ぅ、じまさ、」
 呼ぶ声は泣きそうに掠れてみっともない。
 でも目の前の男の呼吸も荒くみっともないので、我慢できない事もない。震える指でしがみついて、聞こえなかった事にする。指先に触れる筋肉の硬さ。くそ、汗で指が滑る。
「どうじま、さん――ッう、ぁ!」
 応えるように強く突き上げられて仰け反る。堂島さんが腰をぶつけて来た尻が、痙攣するように力がこもって鋭い快感で脳を痺れさせる。
 中も締め付けた拍子に低く堂島さんが呻き、その昂ぶりをねじ込むようにして僕の中を目一杯押し開いた。想定よりももう一段強い絶頂感を覚えて、自分で聞くに堪えない高い声が上がってしまう。途切れない痺れる感覚の中、形さえ覚えてしまいそうにぎっちりと僕の中へ埋め込まれた堂島さんのものが達したのを感じた。
 中に注がれた種は、圧力に負けて縁の隙間から溢れて行く。隙間などあったのかとどうでも良い事を考える頭はぼんやりとして、腹のじっとりと濡れた感触に、ああ僕も達したのだと我が事ながら遅れて気づく。
 呼吸で胸が動くたび、汗に濡れたお互いの肌も触れ合う。
 僕の首の横、シーツに額を押し付けるように頭を下げて力を抜いた堂島さんは、全力疾走した時のような息遣いで、ただ黙って息を整えている。
 ピロートークも下手そうだなぁ、と思って笑いそうになっていたら、頭が不意に揺らいだ。寝癖で跳ねた上にこの行為でもつれた髪を、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられ、頭が揺れる。
「……」
 しばらく、犬猫でも撫でるような色気のない手つきで撫でられていた。
 別に止める理由もないし、後ろも責められながらいくのは慣れていないからまだカルチャーショックのような疲労感がある。抵抗せずに黙っているとやがて撫でるのには満足したのか、起きるか、と首筋に囁かれて堂島さんの腰が引かれた。それに釣られて、中で萎えた熱が入り口の襞を擦って抜かれて行、あ、まずい。
「っだ、め、ですって……動いたら」
 そう声に出すのに腹筋に力を入れただけで、腹の中が妙にうねるような感覚を覚える。中を擦って出て行こうとする堂島さんの肉を体の反射で締め付けると、それだけで体が快感を思い出した。うなじまで駆け上がる痺れをやり過ごすように小さくかぶりを振る。
 過敏になった下肢が、少しの刺激でまたどうにかなりそうだ。僕の言葉と反応に一瞬ぽかんと弛緩した表情をされたが、ああ、とすぐに理解されたようでほっとする。
 おかしくなっちゃう、なんてまるでAVの台詞だ。浮かんだ台詞と、少し恥らうような(四十路の親父が!)堂島さんの表情に笑いそうになって、腹に力が入る。
 そうすると、ア、の音をぐずぐずに煮とかしたような息が漏れた。ああ、この喉はどうにかなっているんじゃないだろうか。
 きつく目を閉じたら睫が震えた。
 すぐに抜いて貰うべきだったかもしれない。馴染み切ったそれをずるりと抜かれる時の感覚を堪えて、熱の残った体に多大な欠落感を伴ってでも。
 自分の選択に舌打ちしそうになっていたら、その舌は、不意に開いた口へ進入して来た堂島さんの親指と人差し指にとらえられた。
「んぁ、」
 ろうじまさん、とか呼んだ声はそんな発音になった。どうじまさん、ときちんと呼ぼうとしたが、堂島さんの荒れた指先に挟まれた舌は動かない。ぬる、と唾液に滑る指が舌の腹を撫でるものだから、舌の根からひくりと震える。
 短く切った爪の先が軽く舌先をこすり、その爪を噛みたい欲求を残して、唾液に濡れて光る堂島さんの指は僕の舌から離れて行った。
「なん…でしたっけ、今の」
 キスをするわけでもなくただ舌をつままれた。なんですか、でもなく、なんでしたっけ、と堂島さんの行為の不可解さに、妙な聞き方をしてしまう。不可解さに少し気が逸れたせいか、堪えていれば声がいやらしく震えない程度に落ち着いていた。堂島さんの顔を見ると、黒目がちな目を笑みに細めながら何でもないと首を横に振られる。
「やたら美味そうだと思ってな」
 ちょっと何言ってんだこのエロオヤジ。
「……うわぁ、どんな顔して言ってんスか、堂島さん」
「アホ、目の前で見てんだろ」
 ベラベラ喋んな、と言葉だけだと普段通りの会話なのに、それに続いて唇を唇で塞ぎに来られるのは普段通りではない。
 ふ、と吐いた息が口にかかったので、それごと吸い取るように堂島さんの唇へ自分の口を重ねた。舌触りを互いにこすり合わせて味わううち、下側になっているので混ざり合う唾液が口の中に溜まる。口の端から溢れてくるのを堂島さんの分厚い手のひらが拭って、それはシーツにこすり付けた。
 キスを交わしながら体の奥でまた飢えたような感覚が沸いて、それが激しくなる前に、堂島さんは再度腰を引く。
 引き止めるように窄まるそこを気に止めた様子もなく、堂島さんのはあっさり抜けた。最悪だ。
「……ごくろーさまでーす」
「…………おう」
 間の抜けた仕事終わりのような挨拶をすると、少し気まずいような、照れたような中途半端に笑った顔で返してくるものだから、とうとう笑ってしまう。足立、といつもの咎める声で呼ばれても、笑いは止まらなくて、涙が滲んだ。決してハメてた堂島さんのものが自分のもののように思えるくらい馴染んでたのにあっさり抜き取られてしまったせいとか、何だか寒いとかそんなせいじゃないからね。ホントホント。




2008/11/02/