なかまはずれはだぁれ




「スイカの……漬物?」
 食卓に出された皿の中身を見て、食卓を囲んでいた三人のうち、高校生の彼が一番早く正解を呟いた。
 おう、と頷いて僕から見て正面の席に着く堂島さんが台所から持って来たその皿には、白と薄緑のあいのこのような色合いで、瓜のような質感のきれっぱしが、薄い金色めいた液体にいくつも浮いていた。確かに漬物に見える。
 菜々子ちゃんが、から揚げを口にくわえたままきょとんと目をまたたかせて皿を見ていた。食べていた最中に堂島さんが食卓に皿を運んできたので、そのまま動きが止まってしまったらしい。ななこ、と従兄の彼に呼ばれて慌てて口を動かす。あまりに一生懸命な姿に思わず笑ってしまうと、菜々子ちゃんはちょっと恥ずかしそうに肩をせばめる。
 今日は仕事上がりが一緒になったのが理由で、僕は堂島さん宅の夕飯に参加していた。と言っても僕の前には自分で買ったジュネスの弁当だが。
 ジュネスで夕飯の惣菜を仕事帰りの男二人で並び立って買うと言う物悲しい中、浅漬けの素なんてボトルをカゴに突っ込んでいたから何かと思えば。
「浅漬けの素、甥っ子君に頼まれたんじゃなくて自分で使うんだったんスねぇ。へえー!」
「なんだ、そこまで意外か?」
 そりゃもう、と僕が答える前に、堂島さんの娘と甥がものすごく速攻で頷いていた。堂島さんが、ぐ、と詰まる。この人は家族には弱い。
 から揚げを食べ終えた菜々子ちゃんが、ちょっと身を乗り出してまじまじと皿の中の受け物を見つめた。
「…スイカの、おつけもの?」
「菜々子は知らないか、スイカの漬物。なんだその顔、長太朗もか? おいおい、足立も食った事ねえってんじゃねえだろうな」
「だってジュネスには売ってないよ」
 そりゃ売ってないだろ、と目を細めて可笑しそうに笑う堂島さんに、笑われた菜々子ちゃんが少しむくれる。素直なリアクションだ。子供はかわいくて笑ってしまうのと、馬鹿にして笑う差なんてわからない。大人びた子だなぁとよく思うけど、堂島さんといる時の菜々子ちゃんは拗ねたり怒ってみたりと子供らしい。
「菜々子食べたことないよ。おとうさんは食べたことあるの?」
「ああ、お袋…菜々子のおばあちゃんと暮らしてた頃にな」
「僕も食べた事ないっスよ、おとうさん」
「お前が呼ぶな」
 あからさまにわざと呼ぶ僕の額をはたいて、堂島さんは、最近じゃやらないものかとジェネレーションギャップに唸った。腕伸ばしてまではたく事ないじゃないかと思う。
 甥っ子は浅漬けの素に漬かった、不ぞろいだがそれなりに丁寧に切られたスイカの白い部分を箸でつまんで口に運んでみている。菜々子ちゃんも僕も、どんな味なのかと興味深げにその様子を見ていた。彼の顎が数回動いて、うまい、と驚いたように少し目を見開く。
 つられて菜々子ちゃんや僕も箸をつける。
「あれっ、うまいっスよ?」
「おつけものだー!」
 菜々子ちゃんのそのまんまな感想には同意だった。スイカの漬物と言うと響きに驚くが、味はごく普通だった。普通に野菜の漬物のような味わいがする。
 だろう、と少し自慢そうに堂島さんが笑った。目じりに皺が寄って多少柔和な印象になる。
「売り物になってるやつも、何かあるとは思うがな……スイカを皮つきのまま食うんじゃなくて、実の赤い所だけ削いだ残りの白い所を漬けるんだよ。お袋が昔漬けてたのを思い出してな。赤い所はあとで食えばいい」
「デザート!」
 嬉しそうに菜々子ちゃんが声を上げる。僕の方へ顔を向けて嬉しそうに笑ったまま、
「あとでもってくるね、あだちさん」
 きちんとお客さん扱いされているらしい。もてなしてくれる様子の言葉に、僕もつられたように笑ってみせる。
「うん、よろしく。あ、菜々子ちゃんのお父さんよりおっきいやつね?」
「足立…お前、少しは遠慮ってモンを」
「だって堂島さん、スイカ特別好きっぽくないですもん」
「菜々子、俺も叔父さんよりおっきいやつ」
「うん!」
 僕に言い返す言葉がなく、ノリの良い甥っ子まで参戦し、娘に笑いながら頷かれてしまえば堂島さんもかたなしだ。お前らなぁ、と呆れたため息をつきながら、プルタブを引き上げたビールを口にしている。くつろいだ様子で、いつもぴしりと緊張感のある肩が力を抜いて少し下がっていた。
 弁当の中の揚げ物に添えられていたキャベツの千切りを食べながらそんな寛いだ様子を眺めていると、物欲しそうに見えたのか、
「お前も呑むだろ。さっきそこに置いたの、気づいてるか?」
 と僕の横を指差して来た。行儀悪く箸をくわえながらそっちを見ると、いつの間にか置いたらしい、堂島さんと同じ缶ビールが置いてある。
 …気づかなかった。僕は、親切にされた、らしい。
「…あれー? 堂島さん何の手品っスか。指ぱっちーんとか鳴らしたらアラ不思議!僕の横にビールが!みたいな?」
「おとうさん、手品できるの!?」
 甥っ子君と何か話しながら食事を続けていた菜々子ちゃんが、勢い込んで話に混ざって来た。堂島さんは慌てて首を横に振る。
「いや、違う…おい足立、変な事言い出すな」
「いっただきまーす」
 困った声は無視して缶ビールを開ける。口をつけると苦味を帯びた冷えた液体が流れ込んで来た。
 炭酸が弾けてしみる。ぷはぁ、と喉を通る刺激に感嘆するように息をつく。
 大人二人が酒に舌鼓を打つ間にも、堂島家用の惣菜は、成長期の子供二人によって順調に減って行っている。でも、惣菜より先にビールを味わっている堂島さんに、食うモンなくなりますよーと声をかけたりはしない。いつの間にか減っている惣菜の量に、機嫌良くビールを飲んでいる人の顔が驚くのが見るのは楽しそうだから。
「ねえ、おにいちゃん。スイカってくだものじゃなくて、おやさいなの?」
 漬物へ何度目か箸をつけた菜々子ちゃんが、ふと横の従兄に尋ねた。
 箸を止めた彼は思案するように視線を天井へ巡らせ、わずかに首をかしげる。
「木に生るのが果物って聞いた気もするけど、どっちにもなれるんじゃないの」
「そっか!」
 スイカがなりたい方になれば、と笑む彼に、菜々子ちゃんは満面の笑みで頷いた。
 微笑ましい兄と妹のようだ。微笑ましい会話を横にビールを飲みながら、こっちは堂島さんと仕事にもそう関係ないような食事時の団欒にふさわしい話をだらだらと続ける。
 腹の底は冷えたまま。



 果物か野菜かなんて質問は、幼い頃にやった問題のように簡単だ。りんごとばななとスイカとキャベツがあります。なかまはずれはだぁれ。
 これでキャベツ以外の回答が浮かぶ人間は少ないだろう。
 逆にこの食卓に並んでいるように漬物になってしまえば、スイカに果物の面影はない。
 スイカはなりたいものになれない。スイカはスイカだ。周りが果物と思えば果物になってしまうし、野菜だと思えば野菜として見られる。果物として仕立ててしまえば果物であり、野菜として仕立ててしまえば野菜にしかなれない。
 なれるのではなく、されるだけだ。
 周りに好きな扱いをされる。これが真実。
 自分のなりたいものになれる。可能性を信じる。ああもう、若いって無謀でバカでたまらない。




2008/10/17/