夏は魔物







 夏場の昼休みの屋上は人が少ない。当たり前だ。暑い。
 日陰の位置をキープしていても暑い。
 一条と長瀬の運動部コンビと連れ立って来た屋上で、最後のパンのかけらを口に放り込みながら、あっちー、と陽介はぼやいた。
 月上が縁で時々つるむようになった運動部コンビとは随分気のおけない間柄になっている。暑さに負けてたいしたことを喋ろうとせずだらだらとしていても気にならない友人だ。なので、コンビが夕飯に食いたいものを言い合ったりどうやら一緒に食う気らしい話を右から左に聞き流してぼーっとしていてもまったく問題はない。ぼんやりと力の入っていない唇で、半分以上飲み終えた牛乳パックのストローを咥える。
 一足先に弁当を食べ終えた月上は、離れた場所で知り合いらしい女生徒と天気の話をしている。そんな近くではない場所の話し声なのに、月上の声だけやけに聞き取れるのが不思議だった。戦闘中の指示に耳をすませる癖がついてるのだろうか。
 しばらく雨はなさそう? とか尋ねている声が小さく聴こえる。
(天気ね。気になりますね確かにね。)
 ずずずと音を立ててストローを吸うと、ブリックパックの側面がべこりとへこむ。口の中に冷えた牛乳が吸い込まれ、喉から胃の方へすうっと落ちて行った。体が少し冷えた気がする。
 体感は快適な方向に少し傾いたものの、胸の端っこがぎしぎしと軋むように痛むのは収まらない。それもこれも、陽介の視線の先にいる、涼しい顔で天気の話をしている男に起因したものだと自覚していた。
 こいつを見ていると最近焦る。そう自覚している。
 先輩が亡くなって、事件の真相をあきらかにしようと動き出して、俺たちしかいないと誓って、何度か人を助けた。助けている最中は焦りは禁物だと冷静に考える事が出来ていたはずだ。焦りは命取りだ。失敗は出来ない。戦闘にも慣れ、冷静に用心する事にも慣れて来た。そんな時の冷静さは、今、陽介の中にはない。
 じりじりじりじり。この夏の日差しのように焦りが肌にしみて来る。
 月上の、しみるような日差しも暑さも感じていないような涼しい横顔。
 その顔が振り向けばいいのにと思う。でも振り向かれては、剣呑な目つきを見られてしまう。
 振り向け。いや振り向くな。やっぱり振り向け。ああもう頭の中がいろんな考えでごちゃごちゃになっていっそ真っ白になる。
(俺はお前の気を引きたい。)
 子供じみた感情が、真っ白い中、一際くっきりと輪郭を浮き上がらせて来る。
 この男に認められたい。
「花村? おい、まさか熱射病?」


 ああ、夏の日差しの眩しさに目が眩みそうだ。


「……一条君、夏は魔物だと思わないかね」
「花村が暑さでとうとう壊れたぞー。長瀬、保護者の月上呼んで来ーい」