コーヒーをホットで






「あっつい…」
 足立の独り言を、堂島はしっかり聞き取って「余計暑くなるような声出すな」と呆れた声で言った。
 夏の日差しは強く、じりじりとシャツ越しにも肌を焼くようだ。聞き込み中、一応日陰に避難はしたが、それでも沸き立つような湿度の高い暑さに変わりは無い。
「だってこの暑さ、尋常じゃないっすよ!あと堂島さんが熱いコーヒー飲んでるのも尋常じゃないっすよ!!」
 自販機に熱いコーヒーがまだある事だって尋常じゃない、と足立がすぐ近くの自販機を指し示す身振りで喚くと、堂島は「わかった、わかったからそうやってると余計暑くなるぞ」と年上らしい冷静な意見を言いながら見ているだけで暑くなりそうなホットコーヒーの缶を口にしていた。
 その熱さを想像して足立は余計暑くなる。暑さを忘れたくて冷えたウーロン茶のペットボトルをあおると、「ゆっくり飲め」と堂島に止められた。
「こういう時に内臓をあまり冷やすと夏バテるんだよ」
「って、誰が言ってたんすか?」
「……甥だ」
 あ、いまの突っ込みは絶妙だったな。と足立は、堂島の苦虫を噛み潰したような顔を見て笑い出したくなる。
 息子のような年齢の子供に体を気遣われているのはいささか気恥ずかしいのかもしれない、と足立は思う。
 堂島は、行動派だ。良く動き、聞き込みでも率先して良く歩く。色々世話を焼かれて言う事を聞いているタイプには見えない。
 しかし家では、家族に対しては違うのかもしれない。
 世話を焼かれたり、甘えたり――するのだろうか。
「――で、どうすんだ」
「へ?」
「聞いてねぇのかよ……夕飯、またキャベツか?」
 いやそれはセールだったから買い込んだだけで別にキャベツ好きなわけじゃ、と説明するのも面倒なので適当に笑って誤魔化していると、勝手に納得したらしい堂島は溜息をつく。
「食ってくか、うちで。今連絡すりゃ一人分くらい増やせるだろ」
 そう面倒見の良さそうな事を、携帯電話を胸ポケットから取り出しながら言う堂島の顔を見ながら、足立は、「いいんですか」と口にした。
 いいんですか。家へ誘われると、足立は毎回それを口にしていた。
 堂島は、それを遠慮だと思うのか、いつも可笑しそうに笑って頷く。

 いいんですか。
 犯罪者を家に上げて。

 気づかない馬鹿が、と思いながら「いいんですか」と言えていたのは、本当に最初のうちだけだった。

「あっ、ビールもつけてくれます?」
「メシ食って酒までたかる気か」
「だって夏はどうしたって呑みたくなるじゃないっすかぁ」
 アルコールの酩酊は好きだ。普段でも麻痺しているような感覚が更に麻痺されて、色々考える事もなくなる。
 そう考えている事を気づかれないようにことさらだらけた、ふざけた口調で、堂島さぁん、と言うと、あからさまにうっとおしそうな顔をされた。
 二十代の男が何甘えてんだとでも言いたいのだろう。それでいて夕飯にはビールを一本出してくれるだろう堂島の甘さを知っている足立は、夜に自分の胃に入る手料理とビールの喉越しを思い浮かべて、ごくりと喉を鳴らした。



2009/08/01/