低温火傷



 手を繋ぐと言う事に重要性を覚えた事はない。
 両親と手を繋いだ事なども記憶にない程度の印象であるし、付き合った女の子相手にも恋人としてのセオリーだろう、喜ぶだろうと手を握った事くらいだ。彼女達は皆短い期間だけ足立とセオリー通りに手を繋ぎ、そして離した。
 握った感触の記憶など、別れて一週間で薄れ、あっと言う間に忘れた。

 忘れた、と言う事を思い出したのは、今、堂島の手と足立の手が触れているからだ。
 握ると言うのはささやか過ぎ、比べるものではないかもしれない程度の接触。
 居酒屋のカウンタ。隣り合った席でお互いに手を投げ出していた、ちょっとした拍子に指先が触れた。
 ライターの火にでも触れたように、もしくは、そこから電流でも流れたかのように、足立は隠しようもなく肩を震わせた。ビールで湿っていた筈の喉が渇く。
 堂島は、すまん、とも何も言わない。
 何も言わない。
 何も言わずにただ触れた指先を、そのままにしている。
 足立が意識し過ぎているのか。これは何て事もない事なのだろうか。堂島の中で足立へ触れる事が当たり前になりつつあるのか。第一、足立は手を繋ぐと言う事に重要性を覚えた事はない筈なのに。
(……クソ、)
 じわりと背に冷たい汗を感じながら、死ねばいい、と足立は呪いのような言葉を胸の内で吐き出す。
 堂島の指先が触れた瞬間に、一瞬だけ跳ねた、この鼓動が消えてしまえば良い。そう何度祈っても消えない鼓動を、TVの中へ突っ込んでしまいたかった。今すぐ、今すぐ。今すぐに。



2008/10/01/