67文字の愛をこめて



 ベッドに放っていた携帯電話が、音楽を鳴らしてメールの着信を知らせる。軽やかな音は、今日別れたばかりの相棒からのメールだけに設定されたものだ。
 数秒鳴るだけのそれが鳴り終わる前に、陽介はベッドに上半身を乗り上げて携帯を掴む。
 片手には読んでいたバイク雑誌を掴んだまま、離すのも忘れて携帯のフリップを開く。メールボックスの新着メールには、見慣れた相棒の名前と、「着きました」の件名で始まる文章があった。
「結構時間かかんな、……ま、沖奈みてーにはいかないか」
 携帯の右上にあるデジタル表示の時刻を見て独りごちる。
 八十稲羽に来た時と逆のルートで、何度か乗り換えをして着く場所へ月上は帰った筈だ。月上の乗っただろういつもそれなりに混雑している都心電車の車内を思い出して、少し懐かしい気持ちになった。しかし何でツキマシタとか今日は見送りありがとうゴザイマシタとかの口調なのだろうかと本文の続きを読み進めながら首を傾げる。
 父も母も元気そうで安心しましたと書かれた所まで読み、ふと画面をスクロールさせる手を止める。両親二人揃っての海外赴任なのだとか、お袋の生まれたのがこっちなんだと話していた以外、両親の話はあまり聞いた覚えがない。
 どんな顔だとかどんな人なのだとか言う情報がないのでイメージはわかなかったが、月上は、叔父の堂島と何となしに雰囲気が似ているから母親似なのかもしれない。月上に似た女性と言うと文化祭のアレが浮かんで、そりゃない、と少し笑った。
 油断しきったそんな時。




「ヨースケー、センセイから着いたってメールクマー!」



 廊下を駆ける勢いのまま部屋のドアを開けたクマに、勢いを殺す様子もない衝撃つきで背に飛び付かれた。
「ぶっ!!!!」
 正面にベッドがあったのは幸いだろう。飛びつかれた勢いで顔面からベッドに突っ込んでも、スプリングで衝撃は吸収される。
 だがスプリングで弾んだ頭へ、更にクマの顎がヒットした。痛さに声もなく固まる陽介とは逆に、何のダメージも受けていない様子のクマが飛びついたまま足をばたばたするものだから、思い切り陽介の背にクマの膝が入る。1more、1more、とヒットしっぱなしの本人無自覚攻撃に、陽介は手も足も出ない。
「エエト、クマがヨースケにも読んだるクマよー。つきました。きょうはみおくりありがとうございました。すこしねむったり、みんなのことをおもいだしたりしているうちに、おもったよりもはやくついたきがします。…クマたちのコト思い出してたクマか。センセイも意外と寂しんボーイねー、ムフフ。ひさしぶりにかおをみた、ちちとははもげんきそうで、センセイのパパママ…。続き読むクマよ。げんきそうであんしんしました。…何だかセンセイが丁寧クマー」
「……ん?」
 クマが読み上げる陽介がさきほど見たメールと同じ文面に、文句を怒鳴ろうとした気持ちが萎える。
 良く考えれば見送りに行ったのは陽介だけではない。今、離れた月上の事を想っていない仲間はきっといない。皆に着いた連絡くらいするだろう。
「んだ、CCかよ」
「しーしー?」
「あー、みんなに同じメール送ってんだなって意味」
 クマに説明しながら宛先を確認すると、いつもの仲間たち、それと知らないアドレスが一つ入っている。同じ内容を送ってアドレスを知らない相手となると、堂島さんかなと思う。
 内容はいつもと違って丁寧なですます調で、友人たちに送るものなら違和感があるが、叔父の堂島さんにも送っていると思えばなるほどと頷けた。
 自分だけに宛てたものではない事に不服があるわけではないが、多少寂しいような気持ちでまだ読んでいない本文を読み出した。背中に乗っかったままのクマは途中の少し難しい漢字が読めないらしく、読み上げるのは途中でつっかえたまま進まない。
 クマが悩んでおとなしくしているうちに最後まで読んでしまおうと、素早く液晶にドット表示された文字を追う。
 内容は、引越し荷物はそう多くないから早く落ち着くだろうとの話や、GWにはまた稲羽に来る予定などが綴られている。また二ヶ月も間を空けず会える事に、同じメールを読んでいる仲間たちも自分と同じように表情を緩めているのだろうと思いながら読み進めると、本文を閉める「ではまた」の下に、改行のマークがあるのに気づいた。
 そういえば横のスクロールバーの現在位置を示すバーもまだ半ばの位置だ。怪訝に思ってスクロールしてみるとそれは二、三行どころではなく、まだまだ続く。
 明らかに意図あってでしか出来ないだろう長さの空白を追って行ったその先、不意に意味をなす文字が出て来たので手を止めた。そこにあった言葉に、目を見開く。





 ――俺も気をつけるつもりだけど、離れてると学校の事はなかなかわからないから、俺の陽介にムシがつきそうだったら教えてくれるとありがたい。




「ちょ、」
 見た文章が最初は理解出来なかった。
 おれのようすけって。おまえ。
 っていうかなにあっさりとかみんぐあうとを。
 おれのようすけ、おれのようすけ、と何度反芻してもどうにも飲み込めない何だか凄い言葉に混乱する中、急に耳慣れた軽やかな音楽が――月上からのメールの着信音が鳴り響いた。
「うわっ!」
 思わず取り落としそうになった携帯をわしづかみ、心臓がばくばく言い息切れしそうになりながらメールを読む操作をする。




 ――ごめん陽介、さっきの叔父さんにも送っちゃった。




「月上ーーーーーーーーーーーーー!!!」
「なっ、なにがどうしたクマ!? ヨースケ、熱? 顔真っ赤クマ」
「クマきちその携帯貸せ!さっきのメール消してやる!!」
「なにするクマー!これはセンセイからクマに来た大事な大事なメールよー!!」





2008/10/15/