134バイトの愛をこめて



 稲羽の自宅を離れ、都会の自宅に帰って最初にした事は、仲間たちや叔父と菜々子に宛ててメールを打つ事だった。
 宛先のないメール画面を出し、皆に宛てた本文を打ち始める。まずは見送りの礼。少ない量の段ボールが点在する自室を見回し、すぐ片付けも終わりそうだと打ち込んだ。それと陽介が行っていたようにGWにはそちらへ帰るとも。
 夏休みも稲羽で過ごしたいと言えば、叔父も両親も許可をくれるだろう。堂島の家の部屋はそのままにしていてくれるはずだ。
 三連休に行ったって良い。冬だって。受験生だが、たまの長期休みを稲羽で過ごすことで困るような勉強の仕方はしていない自負と、あの高校で出して来た結果がある。
 そこまで算段して、一年間学び通ったあの高校に四月から自分は通わないのに、仲間たちは通う事がいまさら奇妙に感じられた――クマは通っていないし、りせは復帰するのでわからないが。
 自分のいない稲羽で、皆は過ごすのだ。
「…………よし」
 叔父には最後だけ消したメールを別口で送ろう、と決めて、「ではまた」で結んだメールの文末から、思い切り長い改行を入れた。
 長い改行の先には、計67文字の友人たちへ宛てた頼み事。
 陽介は慌てるだろうが、他の仲間はさして驚かないだろうと推測している。今までわざわざ言うタイミングもなく黙ってはいたが仲間に嘘はつきたくなかったから、もし、そうなのか、と聞かれたら正直に答えるつもりだった。
 勘の良いりせは、先輩って花村先輩の事好きだよね、りせは先輩の事愛してるけど、と返答の要らない何気ない会話のようにして聞いて来た事がある。うん、といつものように笑んで返すとりせは、内緒だけど他の先輩たちも完二のヤツも直斗くんもクマきちも菜々子ちゃんも好きだよ、と綺麗な笑顔で笑った。
 他の友人たち、一条と長瀬には恋愛方面ではっぱをかけた内容にしてやろうとほくそ笑み、仲間たちとはまた別のメールを後で打つ事にする。
 バイトで出会った先にはまたゆっくり手紙なりメールなりで挨拶を。

 それから――足立へ、事の顛末の手紙を。


「…でも手紙の中、検査とかされるな」
 検閲で読んだ第三者には、何の作り話かと思われるかもしれない。事件の内容について触れたら問題になるだろう。どう説明したものか。
 まあそれは追い追い考えるとして、まずは仲間たち、叔父と菜々子に連絡をしようと打ち終わったメールの宛先に仲間7人分のアドレスを入れる。ああ、それから叔父にも送るのだった。
 送信。






「あ」






 気付けば画面には、送信しましたの文字。
 叔父を含めた宛先すべてに今の、頼み事つきのメールが送られましたと言う報告。
「………………まあいいか」
 叔父は気付かないかもしれないし。気付いたのなら菜々子にフォローはしてくれるだろうし、第一菜々子は最後の文章の意味がわからない年齢、……であるのを期待する。
 一応陽介にも断っておくか、と呟いて、月上はまたメールを打ち出した。


2008/10/16/