ニンナナンナ









 ペンを置いたのを見計らって声をかけた。

「……ルキーノ。そろそろコッチ入って来ねえと凍死するぜ」

 もう二十分もタイミングを見計らって、いい加減ジャンも飽きて来ていた。
 冬場でも凍えないよう最新式のエアコンで管理されている本部内だが、風呂上りにガウンも羽織らず、シルク生地の寝間着一枚で身動きもせずじっと書類に向き合っていれば流石に冷えて来るだろう。ジャンの呼びかけにハッとしたルキーノは、ああ、と珍しくぼんやりした声で返事をし、ようやく寒さを思い出したように二の腕を擦りながらジャンの──つまり、ベッドの方へ歩み寄った。
 ジャンは大きな造りのベッドの端へ寄って横になっているので、ひとりぶん、ベッドに空きがある。どう見ても自分のために作られたスペースを見て、ルキーノはニヤッと笑った。こりゃ何か言い出すなとジャンが身構えると同時に、ルキーノはゆっくりと、ベッドの上へ膝で乗り上げる。
 ぎし。と、ベッドのスプリングがルキーノの体重を受け止めて軋んだ。

「なん、だよ?」

 びくびくと身構えている自分を悟られないよう、ジャンは、笑むだけで何も言わず、身をかがめて顔を近づけてくるルキーノを見上げる。近づく顔の位置に合わせてジャンも顔の向きを変えて行くと、真上からルキーノに覗き込まれている体勢になる。
 笑うルキーノの唇が、うっすら開いた。白い歯が見える。噛まれる、と、ジャンは反射的に思った。真っ白い歯で、齧られる。浅い痛みと、ぞくりと深い場所から嗜虐的な快楽を引き出されるあの感覚が、甘い怯えと共に思い出される。
 思わずジャンが目を瞑ると、ちゅっと鼻先でキスの音が鳴った。

「へ?」
「もう少し色っぽい誘い方も出来るだろ。出し惜しみか?」
「違えよこのエロライオン!」

 ニヤニヤと男前の顔がいやらしく笑っているそこへ、ジャンは手近な枕を掴んで押し付ける。羽がいっぱいに詰まったやわらかな枕はダメージを与えられず、あっさりとルキーノの手に奪われた。
 それを頭の下に敷いて、ルキーノもジャンと同じようにベッドへ寝そべる。横向きに寝転がり、互いに向き合うようになると、ルキーノはさきほどジャンが暴れたときに少し乱れた毛布を引き寄せ、自分の上にも被せた。そして、ジャンの肩まで毛布を引き上げ、肩の上からそっと片手を置いた。慣れた仕草だった。
 同じの毛布に収まったルキーノに、ジャンが毛布の中で手を伸ばす。シルク生地越しに胸元に触れると、想像以上にそこは冷えていた。

「ワオワオワオ、知らねえうちにシベリアにでも行って来たのか?」

 少しでも熱を足そうと手のひらを押し当てるジャンに、ルキーノは嬉しげに目を細める。

「いいんだ、凍えてたらお前が暖めてくれるだろ」

 しっかりと筋肉のついた体は、ジャンよりよっぽど体温が高い。表面は冷えても、すぐに温まる。だが今、目の前で冷えているルキーノの体が気になって、ジャンが胸板に置いた手のひらを動かして擦ると、ルキーノは急にジャンの方へ身を乗り出して来た。寝返りを打つようにしてのしかかって来る。

「ばか、重いって、ルキーノ」
「じゃあお前がもっとこっち寄れよ。狭いんだ」

 馬鹿でかいキングサイズのベッドのくせにそんなことを言いながら、ルキーノはぐいぐいとジャンの体を腕の中に引き寄せ、抱きしめた。ルキーノに腕を緩める様子がないので、ジャンはおとなしくその場に収まっておく。至近距離のルキーノの頬に鼻先で触れると、そこもつめたく冷えていた。

「氷漬けのあんたを温めて溶かせってか」
「ニンナナンナ代わりのおとぎ話に、そんなハードな展開はついて来ないさ。涙の一粒で充分だ」
「ワーオ、俺を泣かせるくらいの寝物語をしてくれるって?」
「泣かせるには、他に方法くらいある」

 謎かけのようなルキーノの言葉にジャンが、ん? と首を傾げると、ルキーノはその言葉の意味を話はせず、ただ、ジャンの鼻先に自分の鼻先を擦り合わせて来た。距離が近すぎて、ジャンからはルキーノの口元がニヤニヤと笑ったことは気づけない。

「ようし。次に俺が何をしたいか、当ててみろ。当てんのは得意だろ? ラッキードッグ」
「ば、ばか!」
「ん? お前、いまなに考えた?」

 からかう、と言うよりもピロートークのような甘さを含んだルキーノの声に、引っ掛けられたと気づいてジャンは羞恥に頬を染めて顔を背ける。

「う、うるせ……!」
「言ってみろよ」

 背けた頬に、ルキーノの唇が触れた。撫でるように、唇がジャンの頬を滑り、金色をした前髪の毛先にキスをする。

「叶えてやらんこともないぜ」
「────俺が、あんたの願いごとを?」

 ルキーノのペースに、抱き込んで来る腕のような力強さで持って行かれそうになるとが悔しくて口にした言葉に、ルキーノはきょとんと目を瞬かせてジャンの顔を見た。ニヤ、と、今度はジャンが笑う。その表情を数秒きょとんとしたまま見たルキーノは、ふ、と短く噴き出して笑い出した。
 答えはイエスしかないことを知りながら、ルキーノは、ジャンに懇願する。

「ジャン。俺の願いを、叶えてくれ」

 抱かせろ、と言う懇願の後には似合わないほどえらそうで、いつも通りのルキーノの囁きに、今度は、ジャンが噴き出すように笑い出した。






2011.03.06.