グッバイハロー








 俺はもう死ぬんだろうと思った。
 そして考えた事は、俺はアンタを泣かせたくない。一番最初に考えたのはそれだ。
 アンタが早く俺を忘れてくれますように。こりゃ俺にしちゃ名案だ。そうすればアンタは苦しむことも泣くこともない。
 なのに、あんたは俺を――抱きしめる。記憶するみたいに強く。

「俺を苦しめろよ、ジャン」

 ――止めてくれ、ルキーノ。
 もういい。もういいよ、俺は充分だ。
 アンタは俺と一緒にいてくれて、きっと、一生、俺と一緒にいるつもりなんだろう。病めるときも健やかなるときも、なんて昔誓っただろう定番の文句の通り。だったら、定番の文句の通りで良いんだ。思い出してくれよ――死が二人を分かつまで。
 地獄の果てまで。なんて、言えるはずねえだろ。

「お前はひとりで行っちまう気か」

 そうだ。

「――ジャン。お前は何もわかってない」

 ぎゅっと眉を寄せて、眉間に深い皴を刻みながら、ルキーノは言う。させたくないと思った表情そのもので、苦く、切なく、違うんだルキーノ。俺は、そんなことをしたいんじゃ、ねえのに。










 ひどい夢だった。
 ルキーノの体温が俺を包んでいて、こわばった体があたたかさに少しずつ溶けて行く。それと同時に涙腺のどっかも溶けたらしい。泣くのを堪えるなんて考える間もなく涙が出て来て、ああ、さっきのはたかが夢だ。たかが夢で、何で俺は、感情を涙で出さなきゃどうしようもならねえことになってんだ?

 眠っているルキーノの腕が、俺の身じろぎを感じて抱き直して来る。
 俺はその腕の中で、声を殺す。

 俺はここにいていいのかな、ルキーノ。あんたの横は俺の場所かな。
 きっとルキーノは怒るか、カヴォロと笑うだろう――当たり前のことを言う俺に怒るか笑うか、するだろう。
 その想像の幸福さに、俺は、もう少しだけ泣いた。








2010.07.10.