At the end of the game, The king and the rook go back in the same box



「ルキーノ。あんた、抱っこ好きだよな」

 ベッドヘッドに背を凭れさせたルキーノは、足の間にジャンの尻を下ろさせると、片手に新聞、片手をジャンの腹に回して、マイペースな休日を過ごしていた。
 ジャンはデカい椅子の背だと思いながらルキーノの胸に寄りかかり、一緒に新聞を読んだり、面倒がってマンガを先に読もうとして、後ろからお前はアレッサンドロ親父と時々似てると溜息を吐かれたりしている。
 外出予定の何もないのんびりとした時間に、ふとジャンが零した言葉に、ルキーノは新聞を二人の前からベッドの上へと退かし、両腕をジャンの腹に回した。

「何かご不満か、うちの金髪の姫様は」
「だーれが姫だ、このキング」

 悠々とした態度を揶揄ってやると、可笑しげに口の端だけで笑われる。

「右腕には脳みそが詰まってるのか? 俺たちのボス、キングはお前だろう、ラッキードッグ」

 CR:5二代目カポの右腕の男の右手が、軽くジャンの腹を叩く。薄いシャツだけしかまとっていない腹の上に乗ったルキーノの手は、筋肉が多い分体温も高く、布一枚くらいやすやすと乗り越えてジャンの肌に熱を沁み込ませた。

「キングは、ジャン、お前で、俺はさしずめルークだな。こう……斜めに動く」
「っ……おい! どぉこ触って、ンだ、よ……」
「何だ。言ってやってもいいんだぜ、一箇所ずつ。ほら、まずお前の可愛い乳首……小さくて可愛いもんだな。俺が散々弄ってやったから、少し手触りも変わって来たか? なあ、ジャンカルロ」
「だああ! 止めろっての!」

 胸を這い出す腕を振り払って、柔らかく乳首を捏ねり出した指から逃れると、弾けたような笑い声が背後から起こる。身を庇うように背中を丸めたジャンの背後に、ルキーノもまた背を丸め、丸まった背へ身を寄せた。

「ジャン」

 名を呼びながらぞっと走った鳥肌を宥める大きな手が、ゆったりと肩から肘、手首の方へと撫でて行く。
 自然、ぐんにゃりとジャンは力が抜けた。その反応に満足そうに喉を鳴らして笑ったルキーノは、預けられる体重をやすやすと抱き寄せ、またベッドヘッドへ背を凭れさせる。
 金色の髪に鼻先をすり寄せ、つむじにキスを落としに来るルキーノの手に、ジャンは指先を絡めて自分の腹へ引き戻した。
 ルキーノの一回り大きい手の感触にも、ジャンはすっかりと慣れてしまって、やけに自分の手が頼りなく感じる悔しさと微かな不安と、それを溶かすルキーノの高い体温にも慣れた。

「クソ、どうにも力入らねえや……あんたの手どうなってんだ」
「可愛いこと言うな、犯すぞ」
「……俺が黙ってたら一生犯さない気?」
「また可愛いこと言いやがってって言われたいのか?」
「いんや、今は遠慮しとくワ」

 ジャンがわざと肩を竦めて言うと、ルキーノの笑う微かな振動が背に伝わって来る。
 背中も肩も腹も手も、触れ合っている場所がどこもかしこも暖かくて心地良い。相手の体温で眠りに誘われるなんて関係になるなど、初めて喋った時には想像しろと言われても出来なかっただろうとジャンは思う。

「それで?」

 瞼がとろんと重くなりかけたところを、ルキーノの声に呼び戻された。

「抱っこされて何かご不満か、ジャンカルロ?」
「や、不満、つーか……希望? っつーか」

 話を戻され、先ほど浮かび、眠気でどこかへ流れかけた思考をジャンはのろのろと引き戻す。浮かんですぐに口に出さなかった言葉はいやに気恥ずかしく、ジャンの喉から言葉として出て来たがらない。

「言えよ、ジャン」

 促しながら、ルキーノはジャンの指先を軽く摘み、指の背に沿って指腹で撫で出した。ルキーノの指腹は指の股を通り、拳の骨の間をなぞって行き、そのまま手首へ続く骨の間の窪みを通るついでに浮いた血管もゆるやかに擦られ、そのままジャンの手首の内側を――

「い、言うよ! 言うって! ほら、あんた、カラダデカいじゃん? 俺なんざ、悔しいけどこうしてっと後ろから見たとき俺がいるのなんかわかりゃしねえぜ」
「まあ、そうだな」

 すっかり性感を引きずり出されそうな空気をどうにか払拭し――何せまだ新聞も読み終わらないような朝のうちだ――、一気に話すと、ルキーノの手は大人しくなる。ジャンは強張りかけた体から力を抜き、ルキーノの腕の中でぐにゃりとなった。

「たまにゃ俺もあんたを抱っこしてやりてえっつうかネ、そのね」
「――おい、その相談には応じられん――」
「アホ、早合点すんな! っつーか即答かよ!」

 一気に苦くなった声に慌てて否定をし、溜息混じりにジャンはまた背を丸める。見えるのは自分の膝、シーツ、ルキーノの足、自分の腹の上で重なった手。すっぽりと包み込まれ、守られるような体勢。
 背中から抱かれていて顔が見えないことが、今はとても良いことのように思えた。

「俺は、あんただって守ってやりてえんだよ……」

 語尾はどうしても弱くなった。守ってやると言い切るには自分たちの稼業は外道で、ルキーノの傷は深く取り返しがつかないことを知っている。
 場に落ちる沈黙が、ジャンの気持ちを一息に後悔で満たした。
 呆れられただろうか。カポとして守られる意味、立場を考えろとでも言われるだろうか。自分が守って傷を負い、死んでしまっては様々なことが無駄になってしまい、CR:5が揺らいでしまう――

「悪ぃ、ルキーノ、俺……」

 だが振り返ると、呆れてと言うよりも、ルキーノは笑った目をしていた。少しだけ眉が寄って、目を細めて、全開で笑うのを少し堪えているようなむず痒そうな顔を見て、ジャンはついぽかんと口を開けてしまう。

「ル、キーノ……」
「カーヴォロ」
「だ、だってよう」

 何か言い返そうと口を開くと、ジャンの体を間に挟んでいたルキーノの両腕が狭まった。腕の内側にしっかりと抱きこまれ、息苦しさにジャンがもがきかけると、ジャン、とルキーノの声が耳に響く。

「お前はこうやって、内側を守ってくれる――自分じゃどうにも守れん」

 体温と、それから声がジャンの中に沁み込んで、じわ、と頬への温度となって広がった。顔を覗いたルキーノが今度は、ニヤ、と悪い顔で笑う。

「これ以上、俺は何か言うべきか? ジャン。それとも、そろそろその小さいクチ塞がれたいか?」
「あ、や――もう、いい」

 顔が熱い。慌てて早口になりながら首を横に振ると、キスのために顔を傾ける間もなく、唇が重なった。
 唇の間で鳴るリップ音。寝起きから互いに煙草を吸っていない舌は、珍しくヤニの味がしない。
 ルキーノに囲まれた腕の内側から手を伸ばし、よしよし、と子供相手のようにアタマを撫でたジャンの手つきに、ルキーノの舌は笑いに震えそうになっていた。








2010.02.15