ミッドナイト・デイライト



 ルキーノが足の長さをフルに使って歩くと、ジャンは小走りになるしかない。ルキーノが小走りだと、ジャンは走るしかない。

「い、いっそがしい年末だな、俺たち!」
「ははっ、忙しいニューイヤーに変わる前には立ち止まれる!」

 時計の針がてっぺんで揃いかけている今の時間、CR:5本部内は、皆が新年に向けて振舞われるシャンパンを目当てにホールへと祝いに行っているので、廊下がどこもかしこも静かだった。静かなそこを走りながら喋るジャンは息が多少上がっているが、ルキーノは平然とした顔で笑う。
 ルキーノの右手はジャンの左手に繋がっていて、手を引きながら二人で廊下を駆けると言う、慌しいながらも妙に初々しい状況に、ジャンは落ち着かない気持ちになる。大体、手を繋いで歩くことなどこの赤毛の大男相手では経験がない。
 落ち着かない気持ちだったが、ジャンは、自分よりも一回りほど大きいルキーノの手に手を掴まれながら、それを握り返して走っている。振りほどけば立ち止まれるのに、振りほどきたくないから立ち止まらず、ジャンは走った。角を曲がり、階段を上がり、また走って、ルキーノの大きな背を見ながら走っているとあのGDとの抗争を思い出すなどとジャンが考え出した頃、二人はルキーノの部屋へ辿り着いた。

「ほら。来い、ジャン!」

 ぐっと手を引かれたジャンは、殆ど転ぶようにしてドアの開いた部屋に足を踏み入れる――その瞬間、ふわっと体が浮いた。

「う、ぐ」

 途端に、大きな口が仕掛けて来る噛み付くようなキスに唇を覆われ、ジャンは喉を短く引きつらせる。がちゃんとドアの閉まる音がやけに遠くで聞こえた。もっとたくさんの酸素が欲しくて開いた口をルキーノの口に塞がれ、逃げようとしてもがっちりと両腕で抱かれ、爪先は床から浮き上がって頼りない。
 鼻先に、ルキーノの香水と煙草と体臭の混ざった彼だけしか持たない香りがうっすらと、だが確かにまとわりつく。存在感のある分厚い舌に口の中をかき回される水音が頭の中に響く。健気に応じようとはしてみたが、ジャンの舌は頼りなく震えるだけで、ルキーノの舌に翻弄された。ジャンは潤み出す目を瞑り、全身を包み込まれるような強い抱擁に震え、そして唇が離れてルキーノの力が緩むと同時に、むせた。

「おい、大丈夫か?」

 ルキーノの手がジャンの背をさする。抱き上げられたままのジャンは、ルキーノの肩に顔を伏せるように背を丸め、げほごほとむせながら不足していた酸素を肺に送り込む。

「し、死ぬかと思ったっつうの……!」

 涙目で睨み上げると、ルキーノは、荒い呼吸を繰り返していたジャンの喉を指先で優しく撫でた。労わるような、他の意図がありそうな微妙な力加減に、ジャンはぐにゃりと背骨に力が入らなくなるのを感じながらも、抗議の声を上げる。

「息が切れてる時にあんなキス、酸欠、に、なるって!」
「息継ぎが出来ないんなら人工呼吸してやるよ、ほら口開けろ」
「その前に息出来なくさせんな、お前は……!」

 息を荒らげながら怒鳴ると、けほ、と喉に呼吸が引っかかってむせた。呼吸が気になってルキーノの舌を愛撫し返せなかったことが悔しく惜しいと、ジャンは口には出さない。
 ひたすらはふはふと忙しない息を繰り返し、目に涙を滲ませるジャンの背中を、ルキーノは擦ってやりながら目を細めた。ロゼワインのような瞳の色が、熱を帯びて僅かに水分を増やし、アルコール度数の高い液体のようにとろりとした色合いになる。
 ジャンはその目を魅入られたように見つめ返し、やっと整った呼吸でルキーノの唇へ囁いた。

「……あんた、なんかエロイこと考えてねー?」
「ほう。よくわかったな、ジャン。ご褒美をやるぜ。ロリポップがいいか?」

 笑いながらルキーノは、チュ、とジャンの頬にキスを贈る。俺はガキか、と苦笑したジャンの頬は赤い。

「なあ、ジャン。飴玉しゃぶるのと、俺がお前のしゃぶってやるのとどっちが好きか言えよ」
「ってそっちに話行くのかよ! いや、どっかでそんな気もしてたけど!」
「お前だって、この部屋に来る間、考えくらいしただろ? エロイこと」
「し、知るか……!」
「まあいいさ、一晩かけて言えばいい」

 言わせることをあっさりと諦めたようで少しも諦めていない台詞を吐いて、ルキーノはジャンを抱えたまま、大股でベッドに向かった。体を離さずにベッドに押し倒されたジャンは、大きく頑丈な体に覆い被され、それだけで腹の奥に血が巡るのを感じる。

「ワオ、ニューイヤーしょっぱなからそんなベッドの思い出作り?」
「二年越しのお前のエロイ声か。そりゃ最高だ」

 エロライオン、と挑むように見上げて笑って差し出されたジャンの舌を、ルキーノは手始めに味わいだした。







2009.12.31