zigazig ha









 メリークリスマス、アンドハッピーニューイヤー。

 そんな声が今にも聴こえて来そうな十二月二十三日。世間は感謝祭ぶりに足並みそろえて浮足立つ頃合いだ。
 ロザーリアお嬢から送られたアドベントカレンダーの窓も残すところ少し。壁に張り付けられたカレンダーの「23」の窓を開くと、中から小さなチョコレート菓子が出て来た。ガキの頃にこんなもんがあったら十二月はずっとハッピーだっただろうって感じのカレンダーの前で、俺はチョコレートを口に入れ、ネクタイを締める。
 採寸して俺のサイズに仕立てられたシャツは、あいつの好きな戦乙女メルセデスと同じ純白だ。タイまで白には出来ねえが、シャツはクローゼットの中で一番あの純白に似てるものを選んだ。なお、イヴァンにこの件について何かしら話す気は、一、切、ない。よーく考えると我ながら健気過ぎてうんざりするんだが、悔しい、でも着ちまう。




 そんでさあ?
 俺の方がそわそわしてるってどういうことよ、イヴァンちゃん。


 忙しいのはわかる。俺だって忙しい。他の幹部連中だって、部下たちだって忙しい。だからって誕生日をまさか忘れてんじゃねーだろーな、コイツ。
 と、客が帰ったあとの応接室でソファに寝転がって疲労に伸びてるイヴァンを見ながら、俺はその向かいに座り、ジュリオの持って来てくれたコーヒーをすすってると言う状態だ。
 コーヒーの表面へ溜息をついた拍子に、きちんと撫でつけた髪がひとふさ、前に落ちて来た。俺は手のひらでそれを後ろへ撫でつけ直す。
 今日はもう来客はない。なんで、髪くらい崩れててもまったくもって構わんのだけども、ああ、俺なんで必要以上にめかし込んでんだっけ? そういや、白いシャツに合うよう、全身もいつも以上に気をつけてみたら、挨拶に来る客たち皆の反応がけっこう良かった。皆、いつもよりニコニコして上機嫌で帰って行った。それを見たルキーノも上機嫌、ベルナルドも疲れが飛んだような笑顔で俺を褒め、ジュリオはきらきらした目で俺を見た。──イヴァンは俺の目の前で相変わらず伸びてる。

「……んが、」

 伸びてるっつーか、完全に寝落ちてたらしい。イヴァンは微妙なイビキの後、は、と慌てて身を起こす。俺はコーヒーに口をつけながら、ひょいと片手を振った。

「起きたのかよ、もう少し寝てれば?」
「……いや、起きる……クソ、寝ちまってたのかよ……」
「よだれくらい拭いたらどうだ、イヴァン」

 ジュリオがトーンの低い声で言いながらも、イヴァンにコーヒーを出してくれる。イヴァンは眉間に皺を寄せながら、スーツの袖口でごしごしと口許を拭い、コーヒーをおとなしく受け取った。熱いコーヒーをすすって、眠気の名残を追い出すようにしてでっかい溜息を吐く姿を、俺は少し冷め始めたコーヒーを飲みながら見ていて──ふとイヴァンと目が合う。
 ぱち、とお互いに瞬きをし、妙な沈黙があった。その沈黙を壊したのはイヴァンだ。もっと言えば、イヴァンの、手だ。

 目を合わせたまま、ふっと伸びたイヴァンの手が、ソファの間のローテーブルの上を越えて俺の首に……純白のワイシャツの襟に、触れた。あ、マズイ。ビクっとしちまった。

「な……なんだよ、イヴァン」
「あ、な、何でもねーよ。オメーが珍しく、本部の中なのによう、客もいねーのにきっちりネクタイも締めてやがるしよ……」
「お前が着込んでるより珍しくねーだろ」
「お、おう、そうか」

 何とも歯切れの悪いイヴァンに、俺は何となくシャツの襟を引っ張って位置を変えてみたりしつつ、だから何だよ、とツッコんでみた。イヴァンは妙に落ち着かない様子で視線をあちこちへ移動させている。

「あー、だからその、アレだアレ、だからよう……」
「その雪のように白いシャツ、よく似合ってるよ。ハニー」
「そーけ? グラーチェ、ダーリン」
「──てっ、めぇ、この本部産もやし……!」

 地産地消してやんぞコラァ! とでも続きそうな勢いでイヴァンががなる。そんなイヴァンの反応を予想していたのか、本部産もやし呼ばわりされたベルナルドは、チェック中の書類を手にしたまま、平然と肩を竦めて受け流している。

「イヴァン、ボスを褒めるくらいもう少しスマートにやれよ。ジャンは俺たちのカオだぜ、いい男でいてもらわねえとな」

 俺の背後に来てニヤッと笑った鬼教官、もといルキーノの指先が、今日はとびきりいい男だな、と俺の首元を軽く撫でた。タイの位置が少しだけズレていたらしく、整えて行ってくれた指に、グラーチェ、と俺は礼を言う。
 ソファの傍らに付き従うように立っていたジュリオは、はにかんだ笑顔を俺に向ける。

「とても、素敵です。髪も……。クリスマス……の、朝。ミサに出るジャンさんを見るのが、おれ、楽しみです」
「あー、そうだったな。二十五日はガードよろっしくー、ジュリオ」
「はい、任せてください……!」

 イヴァンは、そこで怒り出すのは大人気ない──と言うか、若干からかっている年上連中の思うツボだ、と飲み込んだようだった。乱暴にソファから立ち上がり、コーヒーのお替りを取りに、ポットを置いてある部屋の隅のテーブルまでドスドス分厚い絨毯を踏みながら向かう。
 俺はそれを、ソファから立ち上がって追った。
 ぶつぶつ口の中でファックだのシットだの言っているイヴァンの背後からどんと軽くぶつかり、肩を組む。俺とイヴァンの姿は、じゃれてるように見えるだろう。ふふん、と息混じりに耳元で笑ってやると、俺が抱いてるイヴァンの肩はあからさまに震えた。

「へへ、ボーケ。そんなに似合ってっか? このシャツ」
「うっせえ!」
「お前、白い色好きだもんねえ」
「うっせ……え?」

 イヴァンの語尾が奇妙に引っくり返る。

「ジャン、お前、知って……?」
 ああ、しまったヒントを与えちまった。イヴァンが俺の顔を見ようとして来るんで、俺はそいつの肩じゃなく頭を腕の中に抱え込んだ。
 短い髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。そうして、逃げようと暴れるイヴァンを大人しくさせる呪文をひっそり吹き込んだ。

「今日の二十三時五十九分まで、このシャツを着ててやるよ」


 ……その後、俺が自分で脱ぐか、お前が脱がせるか、考えとけよ。と。


「二人とも! いつまでもじゃれてないで、こっちで予定の確認をしておくれ。これが終わったら今日は終いにしよう」
「ほいほーい」

 ベルナルドの声に軽く応じて、身を翻す。イヴァンは十秒くらい微妙にぷるぷると震えていたが、立ち直るとポットからコーヒーをカップに注ぎ、気付け薬でも飲むように一気に飲み干した──お前、それ、舌火傷してねえか? あ、ちょっと悲鳴が聞こえた。








2010.12.23