白やぎさんからお手紙ついた



 俺とイヴァンは、本部の来賓室のソファで、お嬢が焼いたと言うクッキーを齧っていた。
 皿に山ほど盛られたクッキーの、さく、と歯で砕けるいい歯ごたえ。香ばしいが焼き過ぎてもいない。うっすらナッツのような香りがするけど木の実の歯ざわりがないのが不思議だ。ただ小麦粉を入れただけじゃないんだろうとはわかるが、他に何を入れてこうなるのかは俺も料理人じゃねーからわからない。混ざってたチョコチップの、少しだけほろ苦い甘さが口の中で溶ける。美味い。
 しかも女の子が俺たちのためにと作ってくれた手作りと来た。メシ作ってくれる女の子って男が作った御伽噺じゃなかったのネ。メシじゃなくてクッキーだけど。

「ブラーヴァ」

 俺が歓声を上げると、向かいのソファでコーヒーをすすってたカヴァッリの爺様の口元が、満足そうに笑みを浮かべる。孫を褒められてでれでれね、おじいちゃん。

「お嬢、いつでも嫁に行け――ウウンなんでもなーい」

 調子に乗って言うと爺様の眼の色が変わった。とっとと話題を変えるべく、隣のイヴァンを肘で突く。

「イヴァン、ほら。どうよ?おじいちゃんに感想教えてあげろって」
「あ、ああ……うまい」

 素直に言うのが気恥ずかしいのかなんなのか。それでもちゃんと褒めたイヴァンに、カヴァッリ爺様はちょっと目を細めて頷いた。山盛りのチョコチップクッキーを俺とイヴァンでコーヒー片手に平らげて行く。

「ごめんね、おじいちゃん。可愛いお孫のクッキー全部貰っちゃって。でもおじいちゃんも甘い物食い過ぎるのはよくないもんね」
「やかましい!まったく、お前はカポになったと言うのに、本当に鞄持ちの頃から変わらんの…」
「爺様こそお変わりなく――そのまんま元気でいて下さいよ。ね?」

 俺を昔から知ってる爺様が、本当に俺の爺さんか何かみたいにちょっと遠い目をし出したので、俺もちょっと優しくしてみた。

「う、うむ……いや、年寄り扱いするな、ジャンカルロ」

 優しくしたら叱られた。もうおじいちゃんったら、どうしろっての。俺はハイハイって頷いて、隣の――クッキーをけっこうなスピードで食ってるイヴァンを見る。。俺の視線に気づいてイヴァンがこっちを見るのと同時に、にっこりと笑ってやった。

「お嬢にお礼のお手紙書こうね、イヴァンちゃん?イタリア語でね」
「え、英語でいいだろ、わかるんだしよ」
「イヴァンちゃんが頑張ってるってロザーリアお嬢にも教えてやろうぜ。お嬢もお前のこと色々心配してくれてんだしよ。な?」
「なんじゃイヴァン、お前、イタリア語をやってるのか?」
「う……。ジ、ジャンのヤツがうるせーんですよ、やれってよう!」

 猫だったら毛逆立ててんなーって感じでイヴァンが悔しげに唸る。はいはい、俺の言うこと大人しくいい子で聞いたりしてんのがこっぱずかしいんですねわかります。

「いいじゃん、お前、字は意外にキレイなんだからさ。そだ、便箋持って来て貰って今から書こうぜ。爺様に使いっぱしりみてーな真似させちまうのは悪いけど、お帰りの時に、お嬢へのお礼の手紙持ってってくれる?」
「ああ、ロザーリアも…お前らの手紙は喜ぶだろう。ゆっくり書いて構わんぞ。わしはアレッサンドロにも会って来る」

 おじいちゃんの複雑な心をあらわしていそうな一瞬の沈黙を混ぜながら、カヴァッリ爺様は、鷹揚に頷いた。

「サンキュ、爺様。俺からは、本部の庭の端っこで咲いてる薔薇でも摘んで花束にして贈るよ」

 だからねおじいちゃん、お嬢が男から花を贈られるってだけでそんないちいち複雑な顔になってたら身が持たないって。









「セニョリータ・ロザーリア・カヴァッリ。…そうそう、C-a-v-a-l-l-i」

 カヴァッリ爺様はオヤジの部屋へ。俺たちは来賓室にそのまま残って、便箋相手に格闘中。おもにイヴァンが。
 俺がセンセイ気取れるのもそうそうない。便箋相手に難しい顔をしたイヴァンの横で、俺は便箋にのろのろと文字を綴ってくペン先を見守る。

「…イヴァン、そこにアクセント記号忘れてんぞー」
「シット。…ありがとよ」
「プレーゴ。あと、そこの単語、女の子相手だとちょっと言葉が変わる」
「……ファック。すまねぇ」

 いちいちスラングが入りながらも礼を言ってくれるイヴァンは、まあいい生徒だと思う。
 書き進めて行くお礼の文章を横からチェックしていると、その内容がごく普通なことに驚いた。俺の提案で爺様に礼状を預けたこととか、クッキーが美味かったこととか、俺も食って喜んでたとか、……Gianって文字がやけに多い気がする以外の内容は、ごく普通のそれなりに親しい相手へ送る礼の文章だ。特にポエムや少女小説なノリもない。

「なーんだ、イヴァンのことだからシマのマダムたち相手みてーにお嬢の好きそうな手紙書くのかと思った」
「は?あのガキは仕事じゃねえだろうよ」

 いやお仕事だと思うけど。カヴァッリ爺様の孫で、イヴァンにとっては幹部の依頼で護衛についてた相手。
 それでいて仕事じゃない相手だとイヴァンは言う。俺はついにんまり笑ってしまった。

「イヴァーン」
「なんだよ」
「なーんでも?」

 お前いいやつだよなー、って言うと照れて怒られそうだから黙っておいてやる。そうだよな、俺もお前も、お嬢とはダチだよな。あの戦場で戦った戦友だ。仕事で付き合ってるわけじゃない。
 そんな友愛のこもった手紙を横で見てると、俺は、正直ちょっくら羨ましくなって来た。

「イヴァン、俺にも後で書いてよ」
「やなこった、もう三日くらいはイタリア語見たくねえ」
「名前だけでいいって、ジャンカルロ・ブルボン・デル・モンテ。セニョールもドンもカポも要らねえしよ」
「イタリア語じゃねえだろ、そんなもん」
「いいっていいって」

 横から頬を突くと、イヴァンの眉間にすんごい嫌そうに皺が寄った。構わずにまた突く。最初は無視してたイヴァンの限界がじりじりと近づくタイミングを見計らいながら指先で突き続けて。

「おい!このタコ何すっ…、…!」
「ん」

 こっちを向いたタイミングで、ちゅ、と。俺は口にキスをする。
 そこで耳まで真っ赤になるお前と、どっちがタコだよ、イヴァン。

「何してやがんだ、このアホ」

 真っ赤になってそう言いながらもイヴァンは、上機嫌ににこにこしてる俺の顔に顔を寄せて来た。仕方ねーってツラしながら、超ノリノリで体ごと俺に覆いかぶさる勢いで寄って来る。だが甘い。俺は伸びて来たイヴァンの腕から逃れて立ち上がる。すっかり押し倒す気でいたイヴァンの体がソファにぼふっと倒れた。なんだよ、と恨みがましい目で見上げるイヴァンの顔を見下ろして、俺は笑う。

「続きは俺に手紙くれてからな?」
「…名前だけでいいのか?」

 餌に釣られて乗り気らしいイヴァンが、体を起こしながら訊いて来る。そのきっちりセットされた横の毛先を、俺は摘んで悪戯に軽く引っ張り、じゃれながら言った。

「イヴァンちゃんは、Ti amoなんて書けないでしょ?――愛をこめて書いてくれりゃ、名前だけで我慢してやるよ」
「はぁ?……は、あ!?ああああ!?だ、誰が書くっつった!あぁ!?」

 とか言って結局書いてくれんだろうけど。
 それでまぁ嬉しくなっちまうだろう俺は、ちょっとくらい寝室でこいつにサービスしたっていい。ジャンカルロ・ブルボン・デル・モンテ。今まで何度も見た自分の名前がこいつの字で書かれると思うと、ちょっと楽しい。

「あー、イヴァンのラブレター、たっのしみー!」
「ら、ラブ、レターとか、言ってんじゃねえよ、このボケぇ!!」


 結局ぎゃいぎゃい騒いでたら結構な時間が経ってたらしく、オヤジのところから戻って来たカヴァッリ爺様にまだ書いとらんのかお前たちって呆れられながら、俺たちは大慌てでお礼状の続きを書くことになった。ごめん、爺様。







2009.10.25