ハッピーライフ



 時々、俺の手からじゃねえと飯も食えないんじゃないかって気になるこいつの口は、じょうずに俺を齧る。
 
「っ、んん、ぅむ、ン、ん…!」

 がっつくキスに、俺は喉を鳴らして二人分の唾液を必死で飲み込む。俺ら二人きりの部屋に帰って来るなり、立ったまま食われそうになった。立ったまま正面から体を密着させ合うと、背の差がある分、上から食い尽くされるようなキスになる。俺は必死に仰向いてジュリオの唇を受け止め、俺からも吸って仕掛け、背筋の痺れるような深いキスに誘った。
 力が抜けそうな俺の腰をがっしり両腕で抱くジュリオの頬はほの赤く上気していて、間近の瞳はうっすら開いてはまた耐え切れないように閉じ、睫を震わせる。呼吸さえ飲み込むような激しいキスをしておいて、少女のように初々しい。少女のように、ってだけであってこいつは男だ。証拠に、服越しに押し付けあう股間にはかたい感触がある。
 隠しようもない興奮の形をジュリオにぐりぐりと押し付けてやると、あっとジュリオが短く掠れた声を上げる。その途端、がくんと体が落ちた。支えるって言うよりももつれあうようにして二人で床にへたり込む。
 キスしながら腰が砕けそうになったのは俺だけじゃなく、ジュリオもらしい。とろんと溶けた目が俺を見てる。俺も同じような目をしてるはずだ。
 体を離して立ち上がって、ベッドへ移動するのは無理な気がした。ジュリオのとろんとした目を見てると、少しも体を離したくない気になっちまう。別に広い部屋じゃねえしベッドルームが別ってわけでもない。ベッドはすぐそこなのに辿り着けないってどういうわけ?

「へ、はは…」

 自分たちのがっつきっぷりが可笑しい。ふわふわくすぐったいような気持ちになって俺が笑うと、ジュリオがはっと目を見張った。

「気持ちいいんだよ、バカ」

 不安そうな顔になる前にすかさず言ってやる。ジュリオは、ぱちりと目を瞬かせ、それから、少女のように初々しくはにかんで微笑んだ。うーん可愛い。フルで勃起してるブツさえも可愛く感じてしまうのは愛ゆえかね。それとも俺のアタマのどっかが末期なのか。…いや、可愛いのは別にサイズ的な意味じゃなくて。

「ジャン、さん……」
「しようぜ?するだろ?な、ジュリオ」

 髪を撫でて誘いをかけると、でかいわんこは俺にのしかかってマウントポジションを取って来た。俺は腰をくねらせて位置を合わせ、脚の間にジュリオの体を招く。そして床に後頭部と背を預け、ジュリオの服を拓くべく目の前のまったいらな胸に手を這わせた。

「はぁ、あ…ジャン、ジャンさん…」
「ん、だから、さんは止せっ、…て…」
「…ぁ、すみま、せ…ん、っふ、ジャン、ジャン…」
「ぁ、あ、っはあ……っ!」

 貪るようにあちこちジュリオの口が俺の肌を吸い、啄み、嘗め、齧る。唇から頬から耳、首筋を辿って鎖骨の上の刺青をなぞり、肩を甘く齧る。俺は、同じように甘噛みされた記憶も生々しい舌を伸ばして喘ぐ。ジュリオの服は、震えて跳ねてしまう指先を使って、どうにか意地でズボンの前まで拓いた。すまん、ジュリオ。後は自分で下ろしてくれ。
 俺が心の中で詫びてるその間も、上達の早い手のひらが体中を這い回る。服はすでに腕にシャツが引っかかってるのと、ズボンが下着ごと片方の足首に引っかかってる程度だ。
 ジュリオは、痛い程に俺を見つめて来る目と、指先と、舌。そんなものの全てで俺の反応を上手い具合に感じ取り、俺の感覚の鋭い場所、悦い場所、感覚の鈍い場所を上手いこと覚えて、その瞬間に応じて選び分け、的確に――とにかくああもうこういうことばっかり上手いなこいつは!思い切り感じやすい癖に!

「ジャン、さん、ジャン…俺、もう……っ」

 そんな死にそうな声出さねえでも大丈夫だって。

「ん、いい、いいから……っ」

 俺だって、もう。
 さっきから俺の開いた足の間、体の奥にはジュリオの長い指が嵌まってぐちぐちと細かくいやらしい音を立てていた。その指は俺とジュリオの二人がかりで嘗めて濡らした。顔の間に持って来たジュリオの指を二人で嘗めて、指を嘗めてるあいつの舌まで一緒くたに嘗めてると、まあその、それも興奮したわけで。

 俺もそろそろ限界ですのん。

 挿入するために上半身を起こしたジュリオの、口元がてらてら光ってやらしい。俺がくつろげたズボンから覗いてる勃起も、ジュリオの指に支えられ、先っぽが先走りでぬるぬるだ。目を潤ませ、頬を染め、甘ったるい吐息を零し、俺を全身で真っ直ぐに見つめて来る。
 それを見ながらぞくぞくっと俺の体に走ったものは、雄の征服欲に属する快感だと思う。

「うっわー……ぎゅんぎゅんキた」

 口の端が自然と上がって笑ってしまう。笑った口のまま、俺はジュリオと唇を合わせ、呼吸を合わせ、深くまでヤツを飲み込んだ。
 幸福感なんざ単純だ。メシが美味い。甘い菓子が美味い。気持ちいい。あー、チョー幸せ。
 幸せそうに笑うお前の笑顔と声が可愛くて、俺はそれを甘ったるく甘やかす。

「サイッコー……だな、ジュリオ?」
「はい……!」

 俺のマッドドッグが、尻尾を振らんばかりの笑顔で答えた。
 ああまったく生きてるってのは素晴らしい!







2009.10.09