マイリトルアンジェロ



「なぁ、オヤジ。なんでルキーノにガブリエーレってつけたのけ?」

 その食事会に居合わせたのは、幹部と元カポ・デル・サルトの六人だけ。自宅の寝室レベルに悠々と寛いだ態度を見せるアレッサンドロと、見知った気の置けない面々に囲まれてリラックスするジャンに釣られて、幹部たちも自然と寛いでいた。
 ゆったりとディナーとワインを楽しむその中で、ふとジャンが零した話題に、円卓に着いた皆――アレッサンドロ以外が首を捻る。ルキーノ当人も。

「つけてもらった名前の理由は、俺も聞いたことがなかったな……天使の名をいただいたものだとは思っていたが」
「ジャン、さん。名前って、何の話…ですか?」
「ああ、ルキーノの代父が俺で、三十年くらい前にこいつにガブリエーレと名づけたって話だ」

 ジュリオへ答えるアレッサンドロの言葉に、ルキーノが「…二十八年前です」と細かく言い直しているのを、ベルナルドがいい笑顔で眺めていた。じとりとベルナルドを見返すルキーノが小さく吐き捨てるファンクーロの呟きに、ジャンが横からにやにやとからかう。

「ルキーノおじさん往生際悪ーい」
「ジャン、お前とは二歳しか違わんだろうが!」
「で、俺とも四歳しか違わないんだが、ルキーノ?」
「二十と三十の数字の間には、高い山と深い谷と広い川が広がっていると思わないか?ベルナルド」
「…………」
「ダーリン、ファックって声に出てるぜ」
「おっと、失敬」

 ベルナルドはフハハと笑って殺気を誤魔化し、ルキーノのその名前は俺も初めて聞いたな、と話題を続けた。
 古株のベルナルドの知らない名をイヴァンが知ってる可能性は低く、やはり最年少幹部は首を捻っていた。がぶりえーれがぶりえーれ、とイタリアの名を何度か呟いてから、何か思い当たったようで、あれか、と声を漏らす。

「ガブリエル。ハ、天使サマってことかよ」
「イヴァン、」

 横から急にジュリオに視線を向けられ、イヴァンが眉をひそめる。

「あ、あぁ?なんだよ急に?」
「ガブリエーレ」
「はぁ?」
「ガブリエーレ、だ」
「がぶりえーれ…」
「お前、イタリア語の発音悪いな…」
「うるせぇ、同じだろがよ!英語でRhyme刻めるようになってから来い」
「すまないが、俺はお前の気に入りそうなスラングは韻が踏めるほど覚えていない…」
「ジュリオー、お前イヴァンに対してだと舌がすっげえ回るのなー」
「あ、ありがとうございます、ジャンさ…」
「褒められてねーだろ!ファック!」
「二人とも、コンシリエーレの前だ」

 エスカレートしそうになる前にベルナルドが止めに入った。

「カポの前なら良いが、コンシリエーレの前で騒ぐのは止せ、失礼だぞ」
「ダーリン、俺の前じゃ失礼じゃないっての?」
「お前が一番にイヴァンを騒がせるからね、マイハニー」

 軽いウインクまでつけて言われ、…そおね、と自覚のあるジャンは黙る。からかい甲斐があるんだもの、などと返したら余計イヴァンを煽ってしまうだろう。

「理由なんか簡単だ――」

 若いカポと幹部たちのじゃれあいを見ていたアレッサンドロは、ワイングラスの中身をゆっくりと干すと、全員の顔を見回す。全員の視線が集まり、場がアレッサンドロへ耳を傾けるムードになり、元カポはニヤリと笑う。

「ルキーノは天使のように可愛かったからな」

 全員が耐えきれずに噴き出した。

「なんだなんだお前ら。まあ聞けよ、チビの頃のこいつはな、俺の知ってるチビすけの中でも二番目に可愛かったぞ。綿毛かってくらいの柔らかい赤の癖毛で」
「あ、あの、コンシリエーレ、この話はそろそろ終わりに…」
「ガブリエーレ、もうちょっと話させろ。で、ミルク色の肌に、指先で捻り潰せそうなちっこい手足でな。睫毛も長くて女みたいだった。男の癖に、背中に羽くらい生えててもおかしくないくらいの美人っぷりで」
「勘弁して下さい、おやじ……!お前も身を乗り出して聞くな、ジャン!!」







2009.10.24