神を信じてるか?



円卓会議






 カンパネッラがそう尋ねると、同じテーブルにいたメンツのうちジョバンニは「は?」と声に出して怪訝さを表し、ピアッジは苦笑し、ザネリはどうでも良さそうながらもちらりと視線を上げる。
「え、何だよそのリアクション」
「くそったれたマフィアが何を言っているか、と言ったところだろ」
 そう言いながらもピアッジは、「信じている」と応じた。
 ジョバンニもその言葉に頷き、ザネリはじっと他三人から視線を向けられるに到るとそちらも頷きを返す。
「それでさあ……」
「お話中ごめんなさい、ピッツァが焼けたわよ」
 ドアノックの後に扉が開いた。円卓の話題はカンパネッラによる信仰話から、ふわりと香るチーズ、生地の香ばしさ、バジルの食欲をそそる匂いの方へ移行する。
 この店はリトルイタリーの外れにあって、イタリアから渡ってきた移民の店主と、その息子と、その孫娘がやっている。店の奥にしつらえられたこの個室は、カポと幹部の会議に使われたりはしないが、カンパネッラたちが機密事項でもない程度の組の話をしたいときに重宝していた。例えば今夜のような、所属部隊の違う面子で食事をするときのように。今は信仰の話になっていたが、たいていの共通の話題はカポや幹部の話だ。周囲に聞かれない方が望ましい。
 焼き立てのピッツァは、とろけたチーズとバジルだけの具がつまみにちょうどいい。一様にゴクリと喉を鳴らしながら、入口に一番近いピアッジが運んできたウエイトレスにチップを渡す。
「グラーチェ、ミスタ」
 英語なまりのイタリア語と言ったふうな礼を言って、ウエイトレスは微笑んで去って行く。タイトなスカートに包まれた腰から尻にかけての細いラインをカンパネッラは見送った。大きすぎず小さすぎずのいい尻だ。ボリュームがあるのを好む男も多いが、カンパネッラは細見の方が好きだった。前にそんな話をしたときに、ジョバンニが真面目そうな顔で「ボリュームのある方が好きだな」と言い出したので意外な気がしたが、「子供を産みやすそうだ。難産は、かわいそうだろう?」と続けたので、真面目そうなやつは真面目なんだなと妙に感心したものだった。
「露骨すぎないか」
 ジョバンニがオリーブを指でつまみながら言った。視線を向けられたカンパネッラが何のことだと首を捻ると、「女性を見る目だよ」と苦笑される。性的な目で見ていたわけでなく、ジョバンニのことを思い出しながら見ていたカンパネッラは、後ろめたさのカケラもなくまた首を捻る。
「まあ、よく言えばいろんなことに素直だな、おまえは」
 ピアッジがきょとんとしたカンパネッラの姿に笑って助け舟を出す。
「カポへの尊敬も素直だ。……少し大げさだが」
「そう、俺はカポを尊敬している! カポ・ジャンカルロ。パパ・ジャンカルロ。俺は親に貰ったジャンピエトロと言う名が誇らしくもおこがましいような気持ちになるよ。ああ、カポかっこいい、かっこいいカポ」
「彼は酔っているのか?」
 ザネリが真顔で問う。ピザは二切れ目を平らげていた。
「大事なことだから二度言ったんだろ」
 ピアッジが冷静に返す。こちらも二切れ目をぺろりと平らげる。
 どんどん減って行くピッツァに、カンパネッラも慌ててピッツァを取った。隣のジョバンニの皿にも、ほら、と無くならないうちに取り分けてやる。ジョバンニにグラーチェと礼を言われて、プレーゴと快活に笑う二人の間柄は、最近親しいものになっていた。カポのもとで、顔を突き合わせて働くことになったあの冬の日々から始まった関係だった。
「俺はあの冬に一度死んで、カポに命を頂いたようなものだ。……なあ、ジョバンニもだろ? 今の俺は神に頂いた命でなく、カポに頂いた命で生きている」
「あ、ああ、確かに……」
 ジョバンニがピッツァを食べる手すら止めて神妙な顔で頷いたとき、ザネリはピアッジに向けて真顔で問うている。
「ピアッジ、彼は酔っているのか?」
「だいたい大げさなんだよ」
 ピアッジの説明にザネリは納得したふうに頷いた。
「では彼にとってカポが神と言うことか。偶像崇拝か、それはなかなかにオカルトだな」
「偶像なんてカポに失礼だぞ」
 ジョバンニが同僚へ真剣な顔で、たしなめるように言うと、ザネリは片眉を軽く上げ、どこか面白がっているふうに視線を向ける。
「確かに、カポにあなたを神だと思っていますと言っても困るだろう」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「女の胸でも信仰していた方がカポも安心なさるか?」
 ピアッジが茶化すと、カンパネッラが「ハイハイ!」と子供のように挙手した。顔が少しアルコールで赤い。
「俺! 俺は胸より尻がいい!」
「ああ、さっきのウエイトレスか」
ピアッジはウイスキーで舌を濡らしながら口端で笑う。
「じいさんの前で言ったらフライパンでぶっとばされるな」
「え? いや、さっきのレディじゃなくて」
 え? とカンパネッラの言葉に三人とも目を瞬かせる。
「いや、だからさっきのレディじゃなくて。俺の趣味は彼女よりもボリュームのない、これくらいの!」
 と言ったカンパネッラが、横のジョバンニの尻を鷲掴むと、ジョバンニは「ひっ」と短い悲鳴を上げたあと、すかさずカンパネッラを上半身のひねりが効いた右ストレートで殴り飛ばした。
 ヒュウ、とピアッジが思わず口笛を吹く。カンパネッラのガタイを壁に吹っ飛ばす遠慮のない、腰の入った右ストレートだった。
「そういうこと酔っぱらってやるな、ばかぁ!」
「え、え!?」
 カンパネッラが壁にぶつかった衝撃と、ジョバンニの言葉による衝撃と、怒鳴りながら外へと駆け出す彼の後姿を見送った衝撃に混乱していたのは数秒だった。タフな男は殆ど反射的に跳ね起きて、「ジョバンニ!」と叫んだ。
 呼ばれたくらいでは立ち止まらないジョバンニはカランコロンと入口のカウベルを鳴らして外へ飛び出し、カンパネッラがその後を追う。
「まるで修羅場だ」
 残されたザネリが、ジョバンニの残したウイスキーのグラスを干して言った。
「あのバカ……。ボールを追いかける犬くらいの表現にしてくれ」
 ピアッジは皿に残ったピッツァ最後の一切れを平らげて苦笑する。
 二人が飛び出したまま開きっぱなしのドアから、ウエイトレスが何事かと心配して覗きに来る。ピアッジがにこやかに微笑んで、「あれが世にいう酔っ払いですよお嬢さん」と説明すると、ああ、と深く納得して戻って行った。円卓の上ではビールとウイスキーの瓶が説得力のある本数、死んでいた。
 たらふく呑んだこの席に、二人が戻ってくる気配はまるでない。
「……あいつら、大丈夫なのか?」
 思わず零れたピアッジの呟きに、ザネリは問われても困ると言いたげに肩を竦める。
「どうだろう。ジョバンニもだいぶ酔っぱらっているようだ」
「そうみたいだな」
「酔っぱらっていないときにやれと言っているようなものだったが」
「気づいていたから言うな」
 確認作業は出来れば避けたい。ピアッジの拒否に、ザネリはビールのグラスを軽く持ち上げて、差し出してくる。
「なに」
「乾杯するか?」
「なにに?」
「カンパネッラに。おめでとうと」
「言うなよ」
 ピアッジは笑っていいのか笑えないのか困って、肩を竦めてから、ザネリの差し出したグラスと自分のグラスをカチンと触れ合わせた。




2012.05.13.LUCKY SHOT!3rdDAYS 配布ペーパー