My Blond Valentine







 少し、失敗した。口を割る前に暴れ出した。
 ろくな情報を引き出せなかったが、消しても構わないと前置きつきで頼まれたことだったので完全な失敗ではない。予定の時間よりも早く終わってしまったことだし、多少の割引をした請求書をベルナルドのところへ送ろうと私は算段する。そして、べっとりと血と脂に濡れた両手を洗うため、CR:5本部の地下にある部屋から出た。血の汚れがつかないよう、重たい扉を肩で押して開く。

「おっと」

 ──扉の向こう側にいた人間が、小さく声を上げた。避けたようで、押した扉にぶつかった感触はない。

「あ、すみません〜。……あれ、ジャンカルロさん」

 組のどなたかだろうと詫びながら扉の隙間から抜け出ると、金色の光がそこに在った。私より背が低い彼を見下ろすかたちになって、名を呼ぶと、ラグさん、と呼び返す声がする。間違いなかった。この組のボス、ジャンカルロさん。カポ・デル・モンテと呼ばれる男が、ひとりでフラフラと地下室の前まで来る用事は何なのだろうか。
 立ち止まっていると、右手から血液が滴った。私はそれが床に落ちる前に、動かした靴の爪先で受け止める。血まみれの手をした私を前に、彼は一瞬驚いた顔をした、気配がした。
 だが嫌悪は伝わって来ない。わずかな沈黙の後、彼は、私にこう問うた。

「あんたの血じゃ、ないな?」
「はい」
「そうか」

 そしてなにか、上着のポケットを漁っている。何か用だろうかと水場に向かわず立ち止まったままの私へ、ジャンカルロさんは不意に口を開けてみせた。

「ラグさん、あー」
「……ジャンカルロさん?」
「あー、ん」

 彼はもう一度不思議な音を口にし、とんとん、と自分の口元を指先で叩いている。なるほど、口を開けと言うことか。理解した私は、促されたように口を開いた。濡れた粘膜を、地下のひんやりとした空気が撫でる。その空気以外に口の中に飛び込んで来たものがあった。──なにか、少しかたい感触。放りこまれた。なにか……不穏な気配のしないものを。

「疲れた時には甘いものがいいらしいヨ。その手じゃ包み開けられねーだろ? お疲れちゃーん」

 笑い声と一緒にひらりと揺れたジャンカルロさんの指先が、まるで蝶のようだ。
 チョコレートが口の中で溶け出す感触がする。
 甘い。
 知っている。じんわりと胸に沁みるようなこれが、甘いと言う感覚だ。昔のことを思い出すような気持ちで、私は、それを味わう。

「ありがとうございます」


 地下を出ると、世界は明るかった。きっともうすぐ、春が来る。






2011.02.16