テーブルの上には、色とりどり――なのだろう、菓子が並んでいる。バタークリームは溶けるような舌触り。フルーツケーキは表面にリキュールが染みた感触、噛むとしっとりと密度の高いきめ細やかな食べ心地がした。タルトの生地は噛むとさっくりとした歯触りで風味豊か。パイは噛むと一体何層になっているのかわからないほど軽やかだ。
CR:5。デイバンをシマとするヤクザの、本部。その応接室のテーブルの上は、まるで御伽噺に出て来るお菓子の家の中のような状態になっていた。
「最近、腹の中は真っ黒なタヌキやペンギンどもばっかりだったからさー」
女性ならば年齢問わず大喜びしそうなお茶会のテーブルに着いているのは、私――ラグトリフ・フェルフーフェンと、それに向かい合うように着席して、しみじみと役員会やよその組のひとたちの話をするジャンカルロさんだった。私と彼の前には、ふちに金の模様のある取り皿があり、そこに先述の菓子を小さくカットしたものがいくつも乗っている。甘いもののお供は、コーヒー。ジャンカルロさんは真っ黒なままのものを。私は砂糖が飽和してもう溶けなくなっているようなものを。
「あんまりに毎日なんで胸やけしちまって、たまには連中とはまったく正反対のモンが欲しくなったわけだ」
「たとえば、頭痛がするほどの甘い真っ白なケーキ、とか?」
「そうそう、それそれ〜」
「それで僕がお呼ばれしたんですね」
ジャンカルロさんの話に、納得して頷く。最近は確かに少し物騒な面々との付き合いが必要で、そのうちの何人か掃除をした。ことが済み、落ち着いたところにジャンカルロさん直々にこのティーパーティーへの招待を受けた私は、こうして本部の応接室に馳せ参じている。
「そういえば、最近はだいぶうちの豚さんのご飯が潤いましたっけ」
請け負った掃除を思い出しながら言うと、ジャンカルロさんは微妙に口ごもりながら、「あんたにはだいぶ世話になったな」とのんびり頷く。
「しっかし、いかにもカタギってツラのシニョリータにナイフ向けられたときはさすがにビビったわ」
「真っ白いクリームで覆ってしまえば、チョコレートケーキも、中身が黒いかどうかわからないものですからね〜」
「そうだなあ。最近のオカマちゃんもベッドに入らねえとついてるかどうかわかりづらいらしいよ」
「そうなんですか」
「ウワサだけどな。食ってみねえと、白いか黒いか、甘いか苦いかわからねえってことかねえ」
「ですが、あなたと食べるこのケーキはとても、あまい」
ジャンカルロさんから、「?」と吹き出しでもついていそうな気配がした。そんな子供のような様子も見せる、いいひとが、マフィアのボスだ。
私は、白黒が互い違いになった模様のケーキにフォークを刺した。サンセバスチャンと言う名のケーキはチョコレートの艶やかな黒に包まれていて、中には白と黒が矛盾なく同居している。ジャンカルロさんのようだ、と思いながら、私はそのケーキをクチにした。とても、あまい。鈍くなった味蕾から伝わる甘さは、脳を淡く痺れさせる。
「中身が黒かろうと外が白かろうと、とても、あまい。真実なんてその程度で充分ではありませんか」
ジャンカルロさんはしばらく考え込むように黙って――テーブルに肘をついて、私に顔を寄せた。様子を伺うように。しっかりと目を見れるように。
私が意識してジャンカルロさんの目元に焦点を合わせると、彼は、子供のように無防備に笑った。
「うまいか?」
「ええ、とても」
私の気持ちがどういう言葉に当てはまるのかはわからない。黒いものなのか、白いものなのか、よいものか、わるいものか、身を滅ぼすのか、生かすのか。
ただ、ジャンカルロさんと食べるこのケーキはとてもあまく、美味しい。
真実なんて、その程度で充分なのだ。
「ラグ、誕生日祝いのケーキはどうだった?」
「……? なんの話ですか、ベルナルド」
「三十一日にジャンに誘われただろう。お前の、誕生日に」
真実は、時にさらに甘い真実を孕んでいる。
2010.10.31