天にしろしめす







 背を追い抜く少し前からルキーノはそわそわとしていて、関節の成長痛を耐えることすら誇らしい様子だった。ジャンはそんな弟の様子を微笑ましいようなくすぐったいような、落ち着かない気持ちで、彼の背が自分を越すのを待っていた。

「ルキーノ、ちょっとそこに立ってみろよ」

 柱の所で手招きをすると、嬉しそうにルキーノは顔を輝かせた。何でもない顔で、なに、ジャン兄さん、と言って来たが、ジャンには嬉しそうな様子が手に取るようにわかる。笑いを堪えながら、ルキーノの身長の高さに柱へ傷を入れた。

「こんだけデカくなったら、もうよしよしってしてやれねえな」

 そう言うとルキーノはハッとして――まるで兄に抱きしめられなくなる日が来ることを想像していなかったような顔で泣きそうな目をするものだから、ジャンは慌てて弟の頭を腕の中にぎゅっと抱え込んだ。癖のある赤毛を手のひらで撫でると、ルキーノの体が一瞬硬直して、だが、すぐに力が抜ける。

「にいさん」

 ルキーノの声が、顔を押し付けているジャンのシャツに吸い込まれてくぐもる。可愛いなと思いながら抱きしめたルキーノの体が、いつの間にか抱き慣れた幼い体ではなくなっていたことに、ジャンはその瞬間ようやく気がつき――目が覚めた気持ちになった。
 伸びあがって頬にキスをして来たルキーノの唇が、その次、首筋に触れているのは自分の気のせいではない。
 さて、震えているのはルキーノなのか自分なのか――ジャンは抱きしめた腕を離せずに、考える。





2010.03.02.