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ジュリオ×ジャン / ベルナルド×ジャン / ルキーノ×ジャン / イヴァン×ジャン






LD1 ピアニッシモ-きわめて弱く(ジュリオ×ジャン)


 音にするなら、ぺちん、だ。
 ばかみたいに軽く頬をはたいたのが俺の手で、はたかれたのがジュリオのどっかの王子サマのごとくすべすべした白い頬。
 ジュリオは深い色の目でじっといつものように俺を見て、それから、おそるおそる、確かめるように自分のはたかれた頬に指先を触れさせた。

「って、ちょっ――ジュリオ――」
「ご、ごめんな…さ……ごめんなさ、い…」

 黒い目が一気に潤んで行くのを見て、ぶった俺の方が怯む。ジュリオの震えた声。はたから見たら、どう見ても悪いのは俺だ。俺が悪役だ。二人して真っ直ぐ立ってるんで俺より十センチばかり高い視線を持つ、よく育った年下の男――年下って言っても一歳ばかり下なだけのマッドドッグは、俺の暴力に打ち震えるかわいそうな少年のようだ。俺の良心がぎゅんぎゅんに痛む。理屈とかすっ飛ばして、とにかく、心が負ける!

「ジャン、さん……」
「あー! あーあーあー、もう、俺が悪かった! ぶったのは俺が悪かったって!! ジュリオ!」

 みるみるうちに涙の粒を盛り上がらせた目をどうにかしたくて、アイラブユー! とヤケクソのように呪文を喚いてやると、ジュリオはびっくりした目になって、涙が止まった。はー、と長い溜息を俺は吐く。あーよかったよかった。

「ジャンさん…ジャン、俺、好きです、あなたが、……ジャン」
「わーかってるって、ジュリオ。ほら来い来い、もう怒ってねえよ、コノヤロ」
「はい、ジャン……ごめんなさい」
「んー、よしよし。俺もお前が好きだぜ、ジュリオ」

 ……ってアレ? 俺ら、なにケンカしてたんだっけ?









LD1 メッゾピアノ-やや弱く(ベルナルド×ジャン)



 頬を平手で叩くとパチンと高いイイ音がした。
 今までこんな、はたくなんてしたことはなかったから――たいてい殴るだの殴られるだの、あるいはミス・タフネスに鞭でぶっ叩かれるだのしてたもんだから、平手でぶったりぶたれたりって経験は意外となかった。女と別れる時にもなかったしな。
 こんな音がすんのかァ、などと俺が妙に感心しているうちに、はたかれたベルナルドの睫毛がぴくりと動く。眉間に深い皺。うう、と唸るような声。ソファーをベッド代わりにしている、足先がソファーの端から零れるくらいに背の高い体が身じろいだ――やっと起きたか。

「ベルナルド?」

 幹部筆頭を眠りのふちからから引き上げようと呼ぶと、それに応えて、俺の目前でアップルグリーンの眼球がぱちりとお目見えだ。何度か瞬いて目を慣らした後、ベルナルドはぼんやり口を動かす。

「……ジャン?」
「おはようさん。寝ぼけてどこのオンナとお前のカポを間違えたの?ひどいわー」
「ジャン…?お前、何言っ…、……、……!!あ、ああ、すまないね。申し訳ない、ボス。随分と寝ぼけていたみたいだ…」
「そうだよ、寝ぼけて人を抱き枕にしやがって。ほら、お仕事だぜ、書類作り手伝ってくれない?あと、終わったらちょっと休んだ方がいいんじゃねえの?」

 べらべら軽口っぽい事を言いながら、俺はとっととベルナルドの体の上より退却する。ベルナルドは、寝起きの目元を大きな手で擦るフリをして、しまった、と顔に出た表情を隠していた。あーあ、しょうがねーな、もう。

「返事がねえからさ、倒れてんのかって心配して入ってみたら気絶したよーに寝てやがるし。声かけたら寝ぼけてムギュウだし――お前の部下も心配してたぜ?」

 俺の言葉に、俺の供をして部屋に入って来ていたベルナルドの部下がようやく硬直を解き、詰めていた息を吐き出した。









LD1 メッゾフォルテ-やや強く(ルキーノ×ジャン)



「……ルキーノ。アンタはいい男だと思うよ。正直言ってさ」
「なんだ、ジャン。急にどうした?」
「ピッカピカでオメルタに忠実で立派なコーサ・ノストラだと思ってんだ、知ってるだろうけど、頼りにだってしてるぜ。アンタが――皆がいなきゃ俺は、今ここにいるとは思えねえ」
「どうした、急にかわいいこと言い出して。お前はしっかりやってるだろう、ジャンカルロ。俺が選んだ服も小物にも着られてねえしな。いくら俺が似合うものを選んだって、お前がそれに応える気がないなら宝の持ち腐れだ。良く似合ってる。俺たちの誇るボスだ」
「サンキュ。――それで、さ」
「うん?」
「アンタはいい男だけど、これはどうにかな、ん、ね、え、の、かって話だよ!」

 べしっと音を立ててルキーノの手の甲を殴る。革張りの後部座席に並んで座っている体勢で、視線だけ横に向けてじとりと睨むと、ルキーノは不思議そうな顔で甘いロゼ色の目を瞬かせていた。チクショウ、堪えてねえ。手をちょっくら殴ったくらいで怯みもしない大男の――その体格に見合ったでっかい手は、いまだ俺の太腿の上だ。

「――ああ、なんだ。これって、コレか?」
「っぁ」

 太腿の内側に当たっているルキーノの指先が不意に軽く曲がって、俺の喉奥から変な声が出た。
 今乗っているリムジンの中は、運転席から仕切られていて声は届かない。そうじゃなきゃ、今うっかり出た声を聞かれて俺は死にたいような気になっちまう。

「ははは、気にするなよ、ジャン。ちゃんと見えない場所でやってんだろ」
「平然と言うな!」
「我儘なわんわんだな」

 ルキーノの唇があからさまにニヤついている。そんなニヤけた表情も様になるのっておかしくねえか? と思いながらの俺の睨みなど何の脅しにもならないような顔で、ルキーノは俺の内腿に触れた指先に力を入れて、そうっと押して来た。ルキーノの指が生地越しに俺の肉に食い込もうとする。ぞくっとした。

「部屋に帰るまで待てねえのか、よ……っ」

 首を竦めながら訴えると、ああ、とルキーノは急に何か感心したふうに、相槌を打つ。

「なるほどな。――待つのは部屋に帰るまで、で、いいんだな?」

 ジャン、と俺を呼んだ赤毛のライオンは、俺の目前で、いかにも美味い獲物を目の前にしたツラで舌なめずりをした。









LD1 フォルティッシモ-きわめて強く(イヴァン×ジャン)



 イヴァンは相変わらずマダムたちのご機嫌取りに余念がない。
 ヤツのシノギについて行った俺が店の入り口前で待ってると、開店前の店の中からパチンと高い音が上がった。一瞬の間の後に女の怒る声がするのを聴く。それに静かに応じるイヴァンの「お前がクスリをやめないなら」云々の例の台詞。やがて女の声は泣き声になり、イヴァンと話し合う小さな声がしばらく続いた。



「あそこの女は気が弱いんだよ、本当はあんな世界に居座れるようなタマじゃねえ。クスリがあるとつい手ぇ出しちまう」

 隠れ家に帰ると、ソファにどかっと腰を下ろしてイヴァンは言う。

「癖で直んねーんだよなあ……おめーも、俺が留守中の時は気ぃつけてやってくれ。店のアタマがクスリやり出すとよそから付け込まれやすくなるし、小さい話だけどよ、用心してえんだ」
「りょーかい」

 意外と気遣いなイヴァンの仕事話に頷いて、――俺は、ふと悪戯心が湧いたんでイヴァンの横に同じように座った。

「な、俺にもやってみろよ」
「ハァ?」
「さっきのマダムみたいにほっぺたペチンって。ママはイヴァンちゃんがどんなお顔でマダム相手にお仕事してんのか見てみたいの」
「その口調止めろバカ。…ったく、面白がってんじゃねえよ」

 呆れながらもイヴァンは上半身を捩って俺に向き直る。やってくれるっぽい? 付き合いいいな、コイツ。
 俺の付き合いの良さが移った? なんて思いながら俺もイヴァンに向き直る。と、頬に触れる程度にイヴァンの手のひらが当たった。
 手加減しすぎだろ、と笑うつもりでヤツの顔を見て。俺は固まる。
 イヴァンの薄い色の目が、俺の目の奥を――奥どころか、胸の奥まで見据えそうな、痛いほどに真剣な目が、真っ直ぐに俺を見ていて――

「お前がクス、ぐっ! い、いってえええええええ!」

 バシッと俺の手のひらとイヴァンの頬が当たる音がして、イヴァンが頬を押さえながら喚いた。

「こっの野郎!何してくれやがんだ、ジャン!」
「あ、悪い。つい」
「ついじゃねえよ!殴れっつったのはおめーだろうが!」

 ンなこと言われても、本当に「つい」以外のナニモンでもない。かっこよすぎてビビってつい殴ったなんて、「つい」以外のナニモンでもない。だってイヴァンのくせに。

「まあまあまあ。ホラ、チューしてやるから」
「誤魔化してんじゃ、……」
「イヴァン、今誤魔化されたろ」

 うるせえタコ! と叫んだイヴァンからファックとシットが連発され出したんで、俺は「腹減ったなー」などと言いつつ、とっととキッチンへ逃げ出した。