Take Me/イヴァン×ジャン





「さっ…みいいいいいいいいいい!」
「うるっせええええええ!!!」
「お前の方がうるっせえよ、耳元で怒鳴んな!イヴァン!」
「オメーの方が先にうるせぇんだよ、ジャン!」
 ぎゃあぎゃあ言い合う呼気が真っ白く二人の間の空気を濁らせる。二人の背を包む一枚の毛布をお互いが懐に向かって引っ張ると、自然と毛布の中身二人の距離も縮まる。
「…あったけーじゃねえか」
 互いの距離が近くなった分、体温も外に逃げずこもることに気づいたイヴァンが先に大人しくなった。
「そーだな」
 ジャンも、争って冷えるより大人しくして暖かい方が良いと思いながら応じる。しんと静まり返る本部の庭は、余計に冷える気がした。草の上に直に腰を下ろして毛布に包まっているので、コンクリートなどに座っているよりはましだ。セントラルヒーティングの暖かい室内も恋しかったが、くっついてさえいれば、不満が出ない程度には暖かい。
 二人して黙っていると、暫くして、毛布がイヴァンによって引っ張られた。毛布を少しも奪われまいとジャンの眉が顰められる。
「んだよ、イヴァン」
「っつーか、あったかくっても狭いんだよ、もっとこっちに毛布寄越せや」
「そうすると俺が寒いだろ!?」
「だ、だったらオメーも来ればいいだろ」
 さりげなさを装った風な、多少どもった台詞を口にしながら、イヴァンはジャンの肩を抱き寄せる。ジャンは、気恥ずかしいようなむず痒さを多少味わいながらも、暖かさに何もかもいいような気になった。イヴァンの体に体重を半ば預ける。
「……あー、こりゃあったけーわ。サンキュー」
「お、おう…」
 可愛いやつ、とジャンに思われていることなど露知らないイヴァンは、視線をジャンの方へ決して向けようとせず、夜空へ向けた。
 ジャンはイヴァンの寒さで赤くなった鼻先や、すっきりとした鼻梁や、淡い色の睫が月明かりに輝くのを、少しだけ目を細めて見た。見惚れるのは一瞬だけで切り上げることにして、イヴァンと同じように夜空を見上げる。
 二人の視線の先には、インクを吸い込んだ紙のように真っ黒な夜空と、冴え冴えとしたまばゆい満月があった。
「月見なら、酒でも持って来りゃよかったんじゃねえか?」
 チ、と舌打ちしてイヴァンが呟く。確かにイヴァンの言う通り、酒の肴にすら出来そうな見事な月だ。
「あー、いいこと言うじゃねーか、イヴァン。ホットワインにしようぜ。次は」
「次が夏だったらどうすんだよ」
「バーカ、ビールに決まってんだろ!」
 夏の熱気の中、流し込む冷えたビールをイヴァンも想像したようで、口元がにやにやと緩んでいる。
 来年の夏。毛布は必要ない季節にイヴァンはどうくっつく言い訳を準備して来るんだろうかとジャンは内心、ほくそ笑んだ。

2009.12.08








恋をしているアフター/ジュリオ×ジャン




 ちゅ、ちゅ、とジュリオの唇がジャンの唇に触れ、吸い、音を立てている。可愛い音を立てながら何度も軽いキスを繰り返され、じわじわと少しずつ煽られて行く感覚はいっそむず痒い。目を閉じて熱心に何度も唇を重ねてくるジュリオを感じていると、乳が欲しくて必死な子猫に吸われているようで、変な母性愛に目覚めそうだ。
「ジャン、さ、ん」
「ん、だからなジュリオ、さんは要らねえって…」
「はい、ジャン…」
 短い会話を合間に挟み、またちゅっちゅちゅっちゅと唇を吸われる。ジュリオの息が少しずつ荒くなっているのを、ジャンは知っている。それに呼応するように、自分の息も。焦れて唇を擦り付け、鼻先を擦り合わせ、ジュリオの胸に触れている自分の肩を犬猫のように擦り付けてしまっていることも。
「ん、んん、なぁ、ジュリオ……」
 子犬が甘えるように鼻を鳴らし、甘く呼ぶと、ちゅ、と音を立てたジュリオの唇が止まった。誘って唇を開くと、すかさず舌がジャンの口に入って来て嘗め回し出す。割とかたいジュリオの手のひらが、ジャンの後頭部を支えに来ると言う名目で逃げ場を奪う。舌裏に溜まった唾液をこそぐように嘗められ、啜られ、はふ、と荒い息を零したジュリオに舌先を甘く噛まれる。背中の裏側にぴりぴりとした感覚がたまって来てその感覚に集中しかけたが、病室であることを思い出したジャンはそっと唇を離す。
「ぁ、あ、ジュリオ、ちょ、っと、ココでヤんのはまずいよなあ…」
「だい、じょうぶ、ジャン……キスだけ」
 懇願の中に強引さが覗く。成長したなあとジャンはどこか感心しながら、く、と喉奥で短く笑った。笑った喉が、ジュリオの指に項をなぞられて震える。
「お前、どこでそんな台詞、っン、覚えて来たんだよ、この…っ」
「誰かが来たなら、俺、ちゃんとわかります…」
 あなたのこんな顔、誰にも見せたくない。と、甘ったるい独占欲を零した美形の顔が、またぼやけるくらい近づいたと思うとぬるっと下唇を嘗められて、頭がくらくらした。
 お利口なマッドドッグは、ぴんと耳をそばだてて、誰かが病室に近づいたらすぐに離れるだろう。ちゃんと俺の発情を誤魔化す時間も加味して欲しいなと思いながら、ジャンは目を閉じる。
 ああ、母性愛なんて覚える暇なんかない。覚えるのはいつだって、贅沢な幸福と欲求。舌を捏ね合うようなキスに、びく、と痙攣するように背を引きつらせるジャンを抱き締めたジュリオの体は、血を流して体温が少し下がっている肌には熱いくらいだ。
 熱っぽい息を吐き出すはしからジュリオに吸い取られる。何でももっと持ってけよ、と囁くにも唇はジュリオに口づけられていて暇がない。
 幸福のかたまりを抱きしめながら、ジャンはマッドドッグの耳を信じ、体を預けてひたすらキスに没頭した。

2009.11.18








太陽はなお色濃く/アレッサンドロとイーサン




「そんじゃ俺らも解散するか。イーサン、またな」
 気軽なふうにアレッサンドロが声をかける。しかし挨拶に返って来る言葉はイーサンからなく、そのことに、周囲は一秒に一度ずつ気温を下がって行くかのような嫌な空気に満ちた。
「あ。今、何の嫌味かって思っただろ。言葉通りに受け取れよ。ったく」
 下がって行く空気の体感温度を上げたのは、アレッサンドロだ。やはり気軽な声音のアレッサンドロを、イーサンは無言で見ていた。
 イーサンの目には、熱はない。ただ剃刀のような青い鋭さがある。
 好意の欠片もない視線に、アレッサンドロは片眉を軽く上げて、片方の肩を竦めてみせた。
「…おいおい。イーサン、お前のお望みはかなっただろ? 笑えよ」
「二番目の希望は、な」
 イーサンはアレッサンドロの要望には応じずに、表情をピクリとも変えない。
「イーサン、一番目って何だよ」
「互いに何も儲けのない質問だな」
「だーかーら、目の上のタンコブでも見るような目で見るなって」
「殺されたくないのなら今すぐその口を閉じろ、アレッサンドロ」
「殺したり出来ないくせに言うなよ、イーサン」
 その瞬間、イーサンが殺気だったのを感じ取ったGDの面子が、肩を強張らせて身構えたのがわかったが、アレッサンドロはぴくりとも表情を変えない。イーサンは片手を横へやり、控えろ、と短いコマンドで命じる。
 アレッサンドロは鋭い眼差しを真っ向から受け止め、ひょいとおどけた仕草で片方の手のひらを上へ向けた。
「殺しそうな目で見んな。この場で殺し合ったり出来ないだろうが、お前も俺も」
 聞き分けのない子供相手のような台詞に、GDの面子はまた身構えかけたが、イーサンのコマンドは継続されていた。片手ひとつ、指先ひとつの動きで制止されたGDの兵隊に背を向けて、アレッサンドロが自分を待つルキーノの元へ踵を返す。他の幹部は車を回したり、兵隊たちに指示を与えに行っているはずだ。
「ああ、そうだ」
 ふと足を止めてアレッサンドロが振り返る。イーサンは、アレッサンドロの視線を片目をほんの少し眇めて受け止めた。
「イーサン、そこからの眺めは楽しいか?」
「――…昔からいつもお前が見える」
 冷たい声に、苛立たしさがほんの少しの熱を加えて、イーサンは言う。
「昔も今この瞬間も、お前が邪魔だ。アレッサンドロ」
 その言葉を聞き、アレッサンドロは込み上げて来た感情に任せ、笑った。ぎょっとしたルキーノが視界の端から駆け寄りかけて、アレッサンドロのいかにも楽しげな様子に戸惑い、立ち止まったのが見える。
 笑いを収め切れないままアレッサンドロはルキーノの傍まで歩み寄り、戸惑うルキーノの背を叩き、行くか、と促した。
「おやじ……いえ、ボス…」
「もう交渉は終わった、おやじでもいいぞ。この年になるとな、ガブリエーレ」
 戸惑いながら呼んだルキーノの洗礼名を呼び返し、アレッサンドロの唇は、少しだけ苦く笑う。
「昔からずっと見てるツラが生き残ってるだけで、少しは嬉しいなんて勘違いしちまうものだ。俺も年食ったな。あー、やだやだ。命の洗濯をするぞ」
 白雪姫は空いてるかと問われたルキーノは、見慣れたアレッサンドロの様子にどこかほっとした表情で、はい、と応じた。

2009.12.15