from/to







 まあそんな結末が遠かれ早かれ来るものだと思っていたので俺はさして驚きもしなかったんだが。




 銃で撃たれてあと十分も息があるかどうか、などと言う終わり方をしないだけ恵まれている。俺のして来た道は、そういう道だ。
 想像していたよりも、俺は、ずっと穏やかに終わることが出来るらしい。
 拍子抜けするほど、考える時間が俺には残されている。
 一人きりの執務室で、座り慣れた椅子に深く腰掛け、部屋を見回した。使い慣れた仕事部屋ともあと何ヶ月で永遠の別れになると医者は言ったのだったか。思い出そうとして、だが、思い出せなかった。それなりに動揺していたのかもしれない。
 とりあえず、のんびりと終わりについて考えられるだけの時間が俺には残されていた。
 俺個人の家族を作ることなく、CR:5と言うファミーリアの中で過ごした俺に、財産を相続する相手はいない。少し迷ってから、手持ちの隠れ家は、名義をそれぞれ名づけ子たちのものへ変更することにした。
 その旨の連絡を済ませ、残りは、迷ってから、寄付にした。音楽学校の奨学金枠。
 赤いバラの花束を持って金曜ごとに通った、あの日々が懐かしく、そして遠い。


 椅子に深く背を預け、目を閉じた。
 そういえば随分と長く働いて来た気がする。さすがに疲れた。
 まあそんな結末が遠かれ早かれ来るものだと思っていたので俺はさして驚きもしなかったんだが。






「ジャン」

 報告を受けて部屋に駆け込んで来たカポの金髪が、慌てて走ったせいで乱れていて、呼吸は荒かった。彼は、はぁはぁと肩を上下させながら俺の仕事部屋のドアを閉める。
 眉間に深い皺を刻んだジャンに、直接報告しなかったことを怒っているのかと思った俺に、ジャンは大股で歩み寄り、ベルナルド、と名を呼んだ。
 そして蜂蜜色の目から、前触れも何もなく、ぼろりと大粒の涙を落とした。
 
「ジャン、泣かないでおくれよ」

 ハンカチを探すよりも先に手を伸ばして、白い頬を汚す涙を拭う。水分を拭っても、また涙が落ちて来て、頬を濡らして行く。
 
「ジャン、ジャンカルロ。大丈夫だ。俺は何も心配していない。お前の傍にはたくさんの味方と家族がいて、何の心配もせずに逝けるんだ。けっこうな幸せだと俺は思うんだけどね」
「……ばっかやろう……」

 震える声で、それだけ返って来た。
 
「おや、ジャンは俺が馬鹿だなんて知ってたと思ってたけど? ……本当に俺は幸せだ、ジャン」

 組だって、時代の流れにそれなりに上手く乗って来た。企業家の度合いが増え、様々な荒い波にも飲み込まれずに、俺たちの作って来たものは、誇りは、家族の形は、残っている。
 
「なあ、ジャン。どうしようもないことなんか今までだって、俺たちには山ほどあったじゃないか」
「いやだ、ベルナルド」

 俺の差し出した手のひらに頬ずりをする仕草は、子供のようだ。初めて出会った時だってこんなに子供のようなことはしなかった。
 手のひらが次々に零れ落ちる涙で濡れる。俺の手はジャンの涙を拭う役目は果たせず、ただジャンの頬と体温を分け合うだけのものになる。
 
「ジャン。少しだけでいい、端っこでいいよ。俺のことを、忘れないで。そうしてくれたら、俺は、夢でも見ているように幸せだ」
「もっと欲しがれよ、このアホ……あんたのいない世界なんか、思い出せねえよう……」

 しゃくり上げるような声に俺は少しだけ笑って、ジャンの頭を抱き寄せる。肩口に抱え込むと、ジャンは、おとなしくされるがままになっていた。暖かい体温。眩しく美しい金髪に、そっと俺は口付ける。
 俺はずっとその金髪を近くで見て来た。ジャンカルロの右腕、左腕、呼ばれ方はどれでもいい。ブレーンとして、ずっと過ごして来た。それは彼への浅からぬ思いを隠し、秘密を抱える孤独と引き換えに、俺の得て来たものだ。
 焼け付くような嫉妬とも焦がれる気持ちとも遠くなった今でも、ジャンは昔から俺の特別な存在だった。
 
「俺は存外小さい男でね」

 ああ、ジャンが俺の腕の中で泣いている。

「そんなにたくさん、幸せを抱えていけないよ。ジャン。だから、泣かないでくれ。泣いてくれなくても、俺はじゅうぶん幸せだった。ジャン。泣かないでおくれよ。俺は子育てをしたことも小さな兄弟がいたこともないから、泣き止ませる子守唄も覚えちゃいないんだ」






 まあそんな結末が遠かれ早かれ来るものだと思っていたので俺はさして驚きもしなかったんだが。
 幼い頃に、成人した頃に、組に入った頃に想像した、どんな人生よりも幸福な人生だった。そのことに、俺は肩口に染みる熱い涙を感じながら、じんわりと驚いていた。








2010.08.11.