Honey,Candy,Suger




 おまえの舌は甘いね、ハニー。

 ──などとぬかすこのおじちゃんの舌の方こそ甘ったるくて砂糖菓子で出来ていてそのうち溶けちまうんじゃねーのけ。

 と、ジャンは内心思いながら車のドアを開けて車外に出た。
 運転席と完全にシャットアウト出来る後部座席と言うものを、本来は、忙しい合間の休憩に使ったり、忙しい時間をねっての会議に使ったりする。本来以外の用途は、今日のような時だ。忙しい合間の逢瀬。そういうことだ。
 ジャンは微かに痺れてる気さえする舌と、普段より血色が良いのではないかと不安になる頬を引き締めて、革靴で地面を踏む。車のドアを開けた部下と、守るように横に立つ部下と、少し後ろへ控えるベルナルドを引き連れて、招待されたホテルのパーティー会場へと向かう足取りは、精一杯注意して、よろめかないようにしていた。
 腰が抜けそうなほどすんなっつーの! と背後の男を怒鳴りつけるのは夜だ。こいつには無視してやった方が効くのか? と真剣に考えて、頭からゆだるような熱を排気する。二月の空気が頭を冷ますのを手伝ってくれる。

 おまえの舌は甘いね、ハニー。

「……っ」
 二月の気温の中では温度の高すぎる声が不意に蘇って、ジャンは口の中でFのつくワードを呟くと、身震いしそうになるのをこらえて毛足の長い絨毯の上を歩く。あれは、あんたの方がよっぽど甘ったるい声してるっつーの、とジャンがツッコミを入れたくなるような声だった。
 ベルナルドの車に乗り込んだときには疲労がうかがえた顔は、そう囁いたとき、甘いものを摂取した後のようにほっと落ち着いていたことも、同時に思い出す。

 ──そりゃ甘いだろうさ。

 ポケットの中で、中身のなくなったキャンディの包み紙がジャンの手に握りつぶされて、クシャリと音を立てた。
 ダーリン。なあ、ベルナルド──ジャンは怒鳴りつけようと思っていたことも忘れ、様々なものをその背に負う、背後の男を想う。ダーリン、甘い味のキスはあんたの疲れを少しでも吹き飛ばせたか?
 


2012.02.14.