長い話をしよう。短い話になるのかもしれない。俺の人生の中では長い長い時間を占めたものだから、長いように感じているが、話してみれば短い話になるかもしれない。俺は一人の男のことが好きだった。だったと過去形にすると違和感が生じるほど、俺はまだ彼のことが好きだ。彼は金色の髪をして、蜂蜜色の目をしていた。俺は彼に出会って、人生が変わったと思う。いや、変わったのではなく、正しく戻ったのかもしれない。俺が望んでいた未来へ。希望を持ち、揺るがない足元を手に入れた。それは幼い頃の俺が望んでいた未来に近いんじゃないかと思うよ。彼は、ジャンは、人に好かれる男だった。俺だけじゃない。俺も……未熟さと不運に培われた若い頃、出会ったばかりのそんな頃は、ガキの相手をしているほど暇ではないと、思っていたさ。いつからだったか、俺の世界はジャンに引っくり返された。あいつは目端が利いて、度胸があって、ワンペアすら揃わないような俺の世界を、勝負、とばかりにストレートに変えて見せて、偉そうでもない気軽な態度で「良かったな」と笑う男だった。恩着せがましいわけでもない。善人であるとも言えない。俺たちはマフィアで、その頃だって充分なチンピラだ。あいつは物事にあまり頓着しない。身軽だ。ボスになる前は銀行の口座だって持っていなかったし、家だってあってないようなものだった。身ひとつでポケットに入るだけの小銭を入れて、フラフラと足取り軽くいる男だった。俺の手持ちの札をストレートに変えてみせることだって、何か大事なものを俺に与えたと言う認識はまったくなかっただろう。こんな話をしていると、魔法使いか、何かとてもすばらしい生き物のように思えるかもしれないが、ただの男だ。悩み、苦しみ、泣いて、笑う、生きている実感と喜びを俺にまで味わせてくれる男だった。俺はジャンが……お前のことが、好きだった。恋焦がれていた。焦がれて俺の全てが焼けつくされて死ねたらそれも幸福だったのかもしれないなどと、いつか一度くらいは酔っ払った頭で考えたことが、あるほどさ。あの頃の俺の残骸がまだ足元に転がっていて、時々俺をさいなむよ。ジャン。「I love you」と囁いて、お前に「I love you,too」と返される。それは言葉遊びに近かったが、おそらく、嘘ではなかった。感情のずれはあったが、お互いに嘘ではなかったと思う。話を戻せば、感情にずれはあって、俺はジャンに恋をしていた。「ダーリン、愛してるぜ」とお前が笑って「俺もさ、ハニー」と俺が返す。擦り切れるほどにその記憶を蘇らせて、繰り返して、俺は命を繋ぐ。お前への恋心を繋ぐ。さて、おかしな話だ。無理に繋ぎとめ続けなくとも、お前への恋心を消してしまえば、俺をさいなむものがなくなる。喜ばしい話だろうに、俺はなぜお前を思う恋の痛みをわざわざ繋ぎとめ続けるのか? 白状するさ、ジャン。俺はもうずっと、幸福だったんだ。お前と想いが通じ合わなくても。お前が俺と、俺たちと一緒に悩み、笑い、同じ方向を見て、時には背中を守りあい、生きて来たことで、俺はもうずっと幸福だった。お前への恋心を抱き続けて、胸の中を苛まれたままでも、もうずっと幸福だった。俺の世界はずっと眩しいほどの光に包まれていて、恋に破れた男の顔で、不幸ぶってみたところで、幸福でないはずがない。俺はわかっていたんだよ、ジャン。幸福であると言う自覚をしていた。同時に甘い痛みも手放せない。その痛みはほんとうに、ひどく甘くてね、俺はみっともなくそれにすがり付いている。お前への全てを手放せないこの気持ちを、さいごに、何と呼ぼうか。そうだな。俺がもし、何でも好きなもののゴッドファーザーになって良いと許されたのなら、俺はこの気持ちに、愛、と名をつける。

 愛してる。
 愛しているよ、ハニー。










【I love you,too】





2011.11.26.