Without your love, it's a honkey-tonk parade




※LHL ベルナルドルートのEDネタバレが含まれます。









 ハリウッドを追い出された後、俺とベルナルドは、ジャポーネにだいぶ近い場所で過ごしていた。
 とは言ってもアメリカ合衆国内だ。ジャポーネにツテを探し、繋ぎを取って、生活する場所を決めて……と、向こうに行く前にやることは色々とある。
 何せ、俺たちはジャポーネの言葉も話せねえ。
 国内にいても、俺が一世を風靡し、とんでもねえスキャンダルでハリウッドを追い出された「ジャンヌ・アンジェ」の正体だとは、この数ヶ月、誰にも突っ込まれなかった。アメリカ国内に知られていた顔は、ジャンヌ・アンジェとしての女装をして、化粧をした姿。恋焦がれられていた女優、マドンナが実は男だと知れ渡った後でも、男の姿をしてプラプラそこいらを歩いてるヤロウが、ハリウッドの銀幕に映っていたジャンヌ・アンジェだとは連想しない。
 そういうわけで、俺はベルナルドと、のんびりと──そりゃもう何もやることのねえくらいのんびりとした怠惰なバカンスの日々を、ジャポーネへ行く船の出る港がある街の、海沿いの結構お高いホテルの部屋で過ごしているわけで。

 ホテルのボーイが朝食と一緒に持ってきた手紙は、ベルナルド・オルトラーニ宛のものだった。
 ベルナルドは食後にソファへ座って手紙を開くと、中の便箋へ書かれた文字に、じっと見入っていた。美味い朝メシで腹いっぱいの俺はベルナルドの横に寝そべり、ジャポーネの言葉のテキストをチラ見していたが、あまりにもベルナルドが手紙にじっと見入っていることを不思議に思い、顔を上げる。
「何の手紙なのけ、ダーリン? そんなに見てると穴が開いちゃうわよ」
「手紙に妬いてくれるのかい、嬉しいな、ハニー」
「あほう。何か困った内容か?」
 ベルナルドの膝に頭を乗せて見上げながらの俺の問いに、ベルナルドはうーんと微妙な返事をした。
「……ハリウッドの頃の、知り合いのエージェントからなんだが、ジャンヌ・アンジェについて」
「って、あの関係で何かまずいことになったのか?」
「そうじゃないよ。むしろ、逆だ」
 思いがけない言葉に身を起こしかけた俺を、ベルナルドの手がそっと押し戻す。膝の上に戻った頭を、慣れ親しんだデカい手が──細く長い指が、撫でた。グルーミングのように繰り返し撫でられ、俺は膝の上に頭を乗せたままおとなしくなる。
 ベルナルドは反対の手に持った手紙を俺の手へ寄越し、片方の肩を竦めた。
「少しだけだが、評判が戻って来ているそうだよ。男だとしても、天使は元々無性じゃないかと。美しくミステリアスな、我々のアンジェだと……」
「なーに眉間に皺寄せてんだよ、俺のプロデューサーは」
 片手を伸ばして、ぎゅっと顰められたベルナルドの眉間をつついてやる。ハッとしたベルナルドの眉間から皺がなくなり、代わりにベルナルドの顔に苦笑が浮かぶ。
「いや、……一線から完全に離れると、だめだな。ジャンは、こいつらのアンジェでなく、俺のジャンだって言いたくなる」
 甘ったれた声と一緒に、上半身を屈ませたベルナルドの顔が近づいてきた。脇に垂れてきた長い髪がカーテンになって、俺の視界はベルナルドだけになる。アップルグリーンの目が、俺を見つめている。
「ファンがどれほどジャンヌ・アンジェに焦がれようとも、俺の方がずっとお前に焦がれているって言いたくなっちまう。困った」
「あんたと俺で作り上げた偶像だろ、ジャンヌは。『俺』じゃねえってばよ」
「そうだな。……アメリカ中にいっとき、俺とお前で幸せなマジックをかけたんだ」
「そうそ。ガッカリさせたり、教会関係からはすげえ顰蹙だったけどさ、何十年か後には笑い話になってくれるんじゃね?」
 かもしれないね、とベルナルドは笑って、俺の髪をまた撫でた。優しく表面を撫で、時折地肌に指先が触れるように梳かれる感触は、気持ちが良い。
「アメリカ中にペテン師呼ばわりされても、お前が信じてくれれば……いや、信じてくれたから、俺の人生は本物になったんだ。それで、充分だ」
「ハハ、It's Only a Paper Moon、か?」
「ああ、まさに。子守唄に歌ってやろうか?」
「まだ朝っぱらだぜ?」
「関係ないさ。時間は、たっぷりあるんだ」
 俺の頭に触れていたベルナルドの手が頬を撫で、顎を撫で、首を撫でて……シャツの襟首から、鎖骨をなぞって、俺は短く浅い息を吐く。
「……子守唄って言ったくせに」
「お嫌ですか、私のアンジェ?」
「だーれが天使だ、っつうかそのシチュエーションはどんな設定なんだ、あんたの中で?」
「フフ、朝っぱらからは少々言いはばかるね。──じゃあ、俺のジャン」
 囁いた唇に、俺は肯定のキスをした。
 デイバンから離れた土地で、二人きりだった。多分、デイバンを追い出されたあのときからずっと、二人ぼっちで、二人きりで、何も変わらずこれからも──





2011.08.12.C80配布ペーパー