あなたとワルツ




「もーういーくつ寝ーるーとー、ダーリンはみーそーじ」
「ジャン、俺はそんなことでお前にオメルタの名のもとやめろ……なんて命令したくないんだ。今日はずいぶんとつれないね、ハニー」
「あんたが気にしてるみたいだからさ。いっぱい言ったら慣れるかナ〜って」

 俺の目の前で、ふわ、と金髪が揺れた。
 酔っ払いの足どりはふらふら、ふわふわと安定せず、ワルツのリズムでも取っているかのようだ。
 誰もいない二人きりの路地裏は、さきほどまでの二人きりの酒の席の名残を残していて、ジャンも俺もリラックスしているし、楽しくて、酒が抜けるのが惜しかった。
 ふらふらふわふわしていているジャンに、しっかりしろ、と声をかけないくらいに。

 いち、に、さん。いち、に、さん。

 いち、で前を歩くジャンが振り返り、
 に、で酔いに潤んだ目を笑ませ、
 さん、で足がもつれ──

 転ぶ前に、俺の腕に飛び込ませた。

「こら、ジャン。」
「アレ? おっかしーなァ、ダーリンが近い……」
「おかしいのはお前のステップだよ、ハニー。ほら」

 抱きかかえるようにしながら体を回す。
 手を繋ぎ、背を抱いて、俺に振り回されるようにして、
 いち、に、さん。

「こりゃすげぇ、ワルツだ」

 腕の中でジャンはおかしげに笑い声を立てる。
 リズムについてこようとして、ジャンの足はまたもつれる。
 俺はジャンを支えてまた体を回す。ターン、ステップ、いち、に、さん。

「すげー。あんた、踊るの上手いんだ」
「そうか? ジャンもなかなか、…………」
「言葉が出ねー世辞を言おうとすんな。ハハ、レディをこうやってポーッとさせてんだな、この女ったらし」
「誤解さ、ハニー」

 腕の中で、警戒心のかけらもなしに微笑む……ジャンを見て。
 理性に自信があった方だと思ったのだが、俺もずいぶんと酒が回っていたらしい。ジャン、お前の唇はこんな味か。
 知らなかった。知りたかった。知らないでいるつもりだった。知りたかった。
 ジャンの唇は、ヤニと、酒の味がして、それから、とろけるように俺を酔わせ、体の底をじんと痺れさせるように甘い。

「──ダーリンの手口がよぉーくわかったわ、この女ったらし!」
「誤解さ、ハニー」





2011.07.30.