「流石にもう真冬だ、指先が凍えるね。と言う訳で、提案なんだがハニー?」
「ワァ何だか想像出来るけどどうしたのかしらダーリン」
「手でも繋がないか?」
「昨夜散々エロイ事しといて、その提案なのねダーリン。……おい、自分から手、繋ぐ、とか、……やっといて、コラ。テレてんな、ダメオヤジ! この……ああ、クソ……!」




それ以外は狂気の沙汰





 冷えた指先を繋いだままで体を擦り合わせる。
 鼻先を摺り寄せ、頬を合わせ、唇を重ねてじゃれる仕草を繰り返せば、冷えて強張っていた体は次第に暖まって解れて行った。ぬくもりはすぐに熱になり、ジャン、と呼ぶベルナルドの声はすでに愛撫の色が濃い。
 そうして二度ほど天国っぽいものを見た後、ようやく落ち着いた。

「雪、止まねーなあ……」

 落ち着いた俺たちとは違い、外の雪はいまだに落ち着いていないようだった。
 降り続く雪は、これで丸々二日目。そろそろ雪かきにうんざりするほど積もって来ている。俺はカーテンの向こうにあるだろう雪景色を思いながら口を開く。

「明日……もう今日か。そろそろ晴れるんだっけ?」
「今日の昼は晴れる予報だったね。それまでデイバン市民は白銀の世界と強制的にお付き合い……だな。本部の玄関先でソリ遊びはさすがに外聞が悪い、裏口の方でひっそりやるくらいにしておくれ」
「しねーっつうの。そういうのはウチの末っ子、わんぱくイヴァンちゃんに言ってくださる?」
「あいつはこういう冗談が通じなくてね」

 仰向けに隣り合って寝転んだまま、ゆるゆると他愛もない話をしていると、外の雪景色のようにしんとした気分になった。静かで、様々なものが白く塗り潰されて行って見えなくなる。世界に二人きり――などと、あるはずのない幻想に酔いそうになる。
 寝返りを打とうとしたら、絡めたままの指が引っかかって上手く動けなかった。宙に手を持ち上げて、二人の目前に、繋がれた手を晒す。

「……ダーリン。いつまでコレ、繋いでる気?」
「雪が止むまでかな」

 持ち上げていた手を引き戻され、ベルナルドの鼻先に着いた俺の手は、甲にキスを受けた。ボスとしてのキスを受け終わると、伏していたベルナルドの睫毛が持ち上がり、ちら、と俺を見る。
 口許は笑いながら、こいつは俺に視線で許可を求めてやがる。求めよ、さらば与えられんとでも言うつもりか? 欲しい、と言わせたがってる男に、俺はチェシャ猫のようにニヤっと笑ってみせる。それから、口の動きだけで言った。しろよ。

「ハニー」

 途端、やに下がった男はずいと一気に至近距離まで顔を寄せて来た。額にくちづけられると俺は、ふと昔のことを思い出す。二人でふざけて、ベルナルドにわざとらしい子供扱いをされ、俺もわざとらしく年上扱いをし――その時に、大人が子供にするようなキスを額にされた。今とはまったく違う気持ちでされたキスを、懐かしく思い出す。
 頬ヘキスをし合う時は、少しだけお互い真面目な目になった。
 唇へキスをすると、身のうちにある情へダイレクトに響くような心地がする。

 瞼にキスをされ、ぐいとベルナルドの頭を抱き寄せ唇同士のキスにした。
 吸い付くと、吸い返されて、抱いたベルナルドの頭は、唇で俺の体を辿るようにして首の方へ下がり、腕の付け根――肩に辿りついた。
 肩口に埋まるベルナルドの頭を、俺は抱く。やわらかく波打った長い髪を両手で撫で、互いに黙る。ベルナルドはひどく安堵したときのように、深い深い、溜息を吐いた。
 こいつとの間に壁のない今では、こうして甘やかすことも出来る。

「……ああ、そろそろ朝が来るな。外が少し明るい」

 ベルナルドが喋ると、肩に暖かい息がかかって、動いた唇が肌を擦った。くすぐったさに身じろいだ俺の腰に、ベルナルドの長い腕が片方しっかり絡みついて来る。顎にキスされた、と思うと次には口にキスが来て、ちゅ、とリップ音を残して──離れるかと思ったが、また唇が重なった。啄ばむようなキス。次は少しだけ長く、今度は深く舌を味わい、あまく噛んで、また啄ばむ。湿った唇が少しだけ張り付いて、離れる。離れている間に吐いた息は、知らず微かに震えた。
 唇が離れても濃いアルコールのようにとろりとした快感が尾を引き、それが消える前にまた俺とベルナルドの距離はゼロになった。

「ン……いつまで、キス、してるつもりだ……? このヤロ……エロいんだよ」
「雪が止むまでかな」

 笑っている目で、ベルナルドが言う。俺も多分、笑っちまってる。

「ジャンとキスをしていないと口が寒い」
「ばっかやろ」

 それ以上、この砂糖漬けの口が減らねえ男に喋らせないよう、今度は俺からキスを仕掛けた。繋いだ指先はすっかり同じ体温になって熱く、雪は、まだ止まない。








2011.01.09/ComicCity大阪ペーパー