彼の話をします





「おい、ジャン」

 ざわめきの中心から抜け出た、と言うより逃げ出して来たイヴァンは、壁の花の位置で休憩していたジャンの方へ寄って来た。
 シマの女たちに対してのあの振る舞いで、愛嬌を散々振りまいて来たのだろう。ジャンの顔を見るなりうんざりとした、演技のない表情になる。

「お疲れちゃーん」

 少し酔ったふりをして休んでいたジャンは、近くを通ったウェイターの銀のトレイからシャンパングラスを浚い、イヴァンに差し出す。
 受け取ったイヴァンはそれを一息に呑みそうになり、場を思い出して、優雅な手つきでグラスを傾けた。ジャンがその差に思わず笑いかけると、笑うな、と唸るような声を出して睨まれた。
 少しだけ両肩を持ち上げて竦め、悪かったって、と視線で返すと、イヴァンの溜飲は下がったらしい。フン、と息を吐いて、ジャンの隣で一緒に壁の花になる。

「イヴァーン。見ろよ、お花ちゃんが山ほどだぜ」
「全部原色で目が疲れるっつーの」
「いいじゃねえか、まっしろな谷間見放題だぜ?」
「そんなんで喜ぶ年じゃねえよ」

 だいぶ疲れた様子のイヴァンと、ジャンの出席しているパーティーは、客に、女性が多かった。しかも若い。
 出席者を知った時は、独身ばかりのカポとカポ・レジームを気にかけている役員連中に仕組まれたなと全員で唸ったパーティーだった。
 色とりどりの花々で華やかなフロア内。ざわめきの中心には、ひときわ目立つ流行を取り入れた粋な着こなしの赤毛のライオンヘアと、それから、長い髪を今日はさっぱりとひとつにまとめ、スタンダードな装いをぴしりと決めた古株眼鏡がいる。

「ルキーノの野郎はいつもだけどよ、あの眼鏡までオンナにべたべた囲まれてんぞ」
「あー、妬かない妬かない、イヴァンちゃん。ロザーリアお嬢はベルナルドもルキーノも眼中にねえからいいじゃん?」
「そういう話じゃねえよ!」

 グラスを噛み砕くなよと言いたくなる面構えで、イヴァンは細長いシャンパングラスに口をつける。ファック、の短い言葉は、シャンパンの金色の泡に溶けて周囲に聞こえない。
 モテる男を見てると多少悔しくなる気持ちはわかるな、とジャンは思う。だが、あの中心にいるのはジャンもいい男だと認めてしまうような仲間だった。イヴァンのように面白くない気分にはならない。
 シニョーレオルトラーニ、と親しげに声をかけ、ベルナルドにお久しぶりですと愛想良く対応されている最中の、色っぽい妙齢の美女を離れた場所で眺めながら、ジャンは首を傾げた。

「だってよ、ベルナルドだってさ、着てる服だって俺らの普段着の十倍とかざらじゃん? 金持ってんじゃん?」
「まあな。クソ」
「CR:5の幹部筆頭じゃん? しかもインテリじゃん? ジュリオみてーな王子サマーってわけじゃねえけど、物腰やわらかーで一見紳士ーじゃん。ルキーノの肉食獣みてーな男の色気にヤられるよりも引くタイプのオンナは、あいつみたいな方がいいんじゃねーのけ」

 背も高いし、と言うとイヴァンはファックと呟く。気持ちはわかるとほぼ同じ背丈のジャンは、イヴァンの背を叩いて慰めた。

「あ〜、それと頭もイイしな。頼れるし。甘やかすの好きっぽいし、優しいし、ばっちりオンナにモテそうじゃん。細いけど、まあまあ筋肉もあるし。あそこらの折れそーな腰したお姉さんなんか、軽々オヒメサマ扱いで抱っこ出来んじゃねえの? 手もでかくって、ルキーノみたく分厚くはねえけど、ピアノ弾けるしドラム叩けるしやけに器用だし。あと、ベルナルドは眼鏡がちょっと野暮ったいの差し引いても顔イイからなあ。睫毛とか結構長くて。あの眼鏡なぁ、眼鏡の印象強い上に、外したとこ見る機会少ないからさぁ、外してるとこ急に見ると、正直ちょっとビビるっつーかドキッとするっつーか……男くさくて。あーゆーのギャップにヤられるって言うんだろね。あー! あと、あいつ鼻の形イイよなぁ! ……おーい、何で離れてくわけ。おい、イヴァン。イヴァーンー!!」







2010.01.27