想えども其は夢






 ジャン、俺はもう駄目だ。


 お前が好きで好きでどうしようもない。駄目なんだ。ずっと前から好きだった。
 お前が俺に初めて会ったと思っている、それより前から、俺はお前が好きだった。

 今のような恋人になりたいとか、それよりもっと淡い、弟分に欲しいと口にしてそれが叶えばもう満足するような、淡い好意を持っていた。

 今はもう駄目だ。お前が欲しい。
 今までどうしてこの気持ちを抑えていられたのかが本当にわからないんだ。
 気がついたら俺の中にあったお前への感情を、どうして諦めていられたんだろうな。いや、諦めたことなど一度もなかったのかもしれない。
 捨てられず、しかし叶うとも思わず、叶わなくとも構わないような気持ちでいながら、諦められた試しなど一度もなかったのかもしれない。

 ジャン。ジャンカルロ。俺の運命の――……


 お前が幸せであること。お前が笑っていること。それが俺の一番の望みだ。お前が……俺の傍で笑っていてくれれば、俺の最高の幸福はまさにそれだよ。ジャン。
 お前が笑って、あの橋の上でのことのようにわかってたと言ってくれれば、俺はもう、自分の想いを殺しておくことなんか一生出来やしない。
 お前の幸福と俺の幸福が一致するなら、俺はもう駄目だ。


 お前がいないと……駄目だ。


 ああ、お前をカポにと誓った言葉を叶えられて本当に良かった。
 俺はいま幸福だよ。今までも不幸ではないと思っていたが、幸福かと言われると、幸福とは言い切れなかった。幸福になり切れなかった。

 俺が幼い頃に夢見た幸福と、充足感は、ずっと叶えられたことがなくてね。夢を見過ぎていたのだろうと、大人になってからはずっと思っていたんだが、不思議だな、こんな年になって夢見た幸福と同じくらいの、いや、それ以上の充足感を味わっている。
 お前とCR:5を守り育て、大きくして行くことは、俺が夢見た俺とお前の子供みたいだろ。幸せだな……

 ジャン、そう呆れた目で見ないでくれるかい。
 わかった? そうか、わかってくれて嬉しいよ、ジャン。


 ジャン、俺はな、弱い男……ああ、うん、そうか、知ってるか、ハハハ。お前の知っての通りの男でね、お前がいなくなったら生きて行けない。
 しかし、CR:5がお前のファミーリアで、デイバンがお前の街で、お前がCR:5とデイバンを愛している限り、そして俺がお前を愛している限り、例えお前がいなくなったとしても俺は、お前の愛したものを最期まで力の限り守って……

 ……例え話で泣きそうになったよ。
 泣きむしって、ひどいな、ハニー。お前の前でだけさ。だって、





「ジャン、俺はお前を」
「わかった、わかったっての! 知ってる、わかってるって! だから早く風邪治してね、ダーリン。……ずっとそんな調子でうわごと言い続けてると、部下どころか幹部連中の見舞いだって断らなきゃいけねーし、あと、俺の心臓に悪い」

 ブッ倒れて目が覚めたら延々とこの調子だもんな、とジャンは溜息をついて、笑った。笑う顔を見ると、俺は全身から力が抜けた。安堵感に包まれながら、俺の両瞼はとうとう開くことを拒否する。やけに熱い体が、ベッドに沈んで行くような錯覚を覚えた。

「お、寝たのか? ベルナルド」
「……ぅ、ん……ジャン、愛し……」
「ハイハイ、わかってるって。もう寝ちまえ」

 まだジャンに伝えたいことが頭の中から溢れて止まらないのに、ジャンは俺の頭を撫でて、眠りを誘う文句を口にする。
 愛してる、愛してる、と、まるで壊れたレコードのように俺の頭の中では思いがエンドレスで繰り返され、溢れる。

「ぐっすり寝て、起きたらまずメシだな。チキンスープと、リゾットと、オレンジジュースと、あとりんごか? ……ま、そんな辺りの定番を一通り食ってちょうだいね、ダーリン?」

 覚悟しとけよダメオヤジ、と囁くジャンの声は甘い。

「グンナイ、ベルナルド。ここにいるからさ、怖い夢なんか見んなよ」

 お前がいない世界以上の悪夢などないから、俺は、ひどく安らいだ気持ちで眠りに落ちた。







2010.01.05