Love is friendship set on fire




 遠くでカウントダウンの声が聞こえた。
 賑やかな人々の声にシーツから抜け出すと、ひんやりとした空気が、何もまとわないジャンの肌に絡みついて来た。
 裸でいると、新年まで残すところ十秒もなくなった冬の室内では、冷える。それでも空気はボイラーで暖められていて、堪えられない程ではないので、ジャンはそのままの姿で窓際へ寄った。外はもっと寒い。凍えるほど。

「……っうわ?」

 殆ど暗闇のような世界へ、カーテン越しに急に明るい光が舞った。ジャンが思わず声を洩らし、何事かとカーテンに手をかけるだけの間を開けて、ドン、と腹に響く音が鳴る。
 カーテンを少しだけ開くと、また明るい光が舞う。続いて、ドン、と腹に響く音がまた鳴った。どうやらすぐ近くの川で花火を打ち上げているらしい。夜の闇に、ぱっと炎の花が咲く。

「そんな何も着ないで……、俺は誘われているのかな」

 ジャンがカーテンの隙間から花火を見上げていると、夜の闇のように穏やかで優しい声が忍び寄った。
 優しく、少しふざけた声と一緒に、後ろから暖かい体温が寄り添う。長い両腕を両脇から正面へ回されると、背中も肩も、シャツ越しのベルナルドの体温が移って暖かくなった。ベルナルドの乾いた香りに包み込まれる気がして、ジャンは猫のように目を細める。

「新年早々冷えるよ、ハニー」
「ありがと、ダーリン。でも、今はちーっとも寒くねえんだけど?」
「じゃあ、お前がベッドの中へ戻るまでこうしているしかないな」

 ふざけた会話を交わして肩越しにベルナルドを振り仰ぐ。ジャンの目は暗闇に慣れていて、小さなライトだけを点けた室内でも、ベルナルドの顔や様子を見ることが出来る。彼は、唇に火の着いていない紙煙草を銜え、ジャンの正面に置いた手に煙草の箱と紙マッチを持っていた。

「煙草、俺にもくれよ」
「お安いご用さ、ハニー」

 ベルナルドが頷くのを待って、ジャンは彼の手から紙マッチを奪う。体を離してマッチを擦り、火の点いた先をベルナルドへと掲げると、ベルナルドは軽く目を伏せて煙草の先を火へかざす。火が移るのを待って、ジャンはマッチを窓際のテーブルにある灰皿へ捨てた。
 そうするとベルナルドが自分の銜えていた煙草を摘み、ジャンの口へ吸い口を差し出して来るのでぱくりと銜える。ベルナルドは持っていた箱から煙草をもう一本取り出し、銜えて、ジャンの口にある煙草から火を移した。
 いちいちじゃれ合いながら二人で煙草を銜え終わると、ベルナルドは、またジャンを背後から、今度は片腕で抱き締めて来る。寄り添った部分がまた互いの体温で暖かくなり、心地良い。
 ジャンが右へ視線を向けると、ベルナルドの横顔と、煙草を摘む指と、吐きだされた細い紫煙が見える。ジャンはそれを眺めながら、自分も紫煙をくゆらせた。
 ぱん、と高い音が鳴り、また空に炎が散る。ベルナルドの横顔が、一瞬赤い光に染まる。

「なあ、花火って高いんだろ?」
「んー? モノにもよるが、まあ、ね。金が空で燃えてるようなものかな」
「ワオ」
「燃やさずに使う金も、ちゃんとあるよ。川の横では寄付金で炊き出しをやってるから、今夜だけは、デイバン市内で凍死するヤツは滅多にいない」
「ジャンマルコ――……あいつも行ってんのかなあ」
「あいつは耳聡いし、記憶力も良いからな。きっと知ってて、行ってるさ」

 組を救ってくれた賢い子供のことを話しながら煙草を吸っている間にも、花火は何度も上がった。高い位置で花開き、小さな炎が軌跡を描きながら落ち、闇に消えて行く。
 美しい炎をカーテンの隙間から二人で眺め、ジャンは、ふと感嘆の息を吐いた。

「すげーなあ……ココ、特等席じゃねえ? このために、このアパート借りてるのけ?」
「ハハ、そんなロマンチックな理由だったらいいんだけどね。このアパートは頑丈で、襲撃されにくい造りだからだよ」
「あー、なるほどねえ……ロマンチックじゃメシは食えねえ、と」
「そういうこと。――だが、実用性に、ムーディな付属品がついて来ることもある」

 急に低いトーンで耳元に囁くベルナルドの声に、ジャンの肩がピクリと跳ねる。
 また外で、炎が赤い光を夜空に撒き散らした。短くなった煙草を灰皿に押し付けたベルナルドの指は、ジャンの肩を手のひらでゆったりとなぞり、肘まで撫で下ろしてからまた肩に戻って来る。

「花火の光に染まるお前の肌も、そそるな」
「余裕じゃねえか。暗いの苦手だったくせに……」
「お前がいるから、平気だ」

 ベルナルド自身に自覚があるかはわからないが、それは甘えるような声だった。ふは、と息混じりに笑って、ジャンも煙草を灰皿に押し付ける。
 次にベルナルドはキスをしたいのだろうと予想をして。そして、自分も新年になってから初めてのキスをしたかったので。







2009.12.31