タイム・ストップ・タイム




 ベルナルドはCR:5の本部に居着くようになっても、リトル・イタリーの中に隠れ家を置いたままにしているそうだ。
 俺の知ってる場所かと訊くと、お前が刑務所にいる間に場所を新しくしたんだ、と答えが返って来たら、そりゃ俺は好奇心を擽られるってわけで。





「へえー」

 休日、俺はベルナルドの隠れ家に来てじろじろと室内を眺めていた。
 ガキの頃の探検気分だ。洞窟やどっかの塔や地下ってわけでもない、普通の部屋。でも、ベルナルドの家ってことだけで俺は何だかわくわくする。
 ここの家主――ベルナルドは、途中のマーケットで買い込んだ食材の詰まった紙袋をテーブルに置くと、少し空気を入れ替えるよ、と言ってカーテンと窓を開けに行った。カーテンが開くと、薄暗かった部屋はぱっと明るくなる。今日は季節が冬とは言え、春のような暖かな日差しだった。インディアンサマー。窓を開けても寒くない。

 隠れ家の中には一人分のベッドと、小さなテーブル。テーブルと揃いの椅子が二つ――そのうちの片方には本が積まれていた。それからソファ。調度品は、シンプルだが造りのしっかりしたものに見える。
 そしてこの部屋からは、ベルナルドに密着すると感じる乾いた香りが、部屋中から香った。
 煙草の匂いが染み付いているのかもしれない。香りは窓から差し込む日差しに暖まって、包み込むような穏やかなものになっている。
 居心地は、よかった。自然とリラックスしてしまう。

「俺の城へようこそ、ジャンカルロ」

 立ったまんま、ぽけっと口を開けて間抜け面で部屋を見回してると、ベルナルドは照れたように笑いながら歓迎してくれた。俺に向かって両腕を広げてみせる。
 ああ、ハグね。歓迎してくれんのなーって理解して、俺はベルナルドに寄ってくと軽く抱きしめた。
 互いに背中をぽんぽんと叩く、フツーのハグをする。まあ、窓開いてるしね。チラッと見た限り、外からこの部屋を覗けるような窓もなく、そういう場所をベルナルドは選んで隠れ家にしてるんだろうけど。


 軽いハグの後、ベルナルドはそっと身を離して、俺をキッチンやバスルームに案内してくれた。どっちも綺麗なもんだった。あまり使い込まれていない。だが、それでも、棚の整然とした物の配置、その中にベルナルドはどこに何があるのか把握してるんだろうごちゃっとした細かい機械部品ズの入った箱や、工具なんかがあって、ついでにハンガーにかかったツナギまであった。落ちない油汚れがついているから、アルファロメオの整備用か何かだろう。頻繁に使わないもんは、こいつ、こっちに置いてんのか。

「あんたの城は、電話と書類とロリポップキャンディーで出来てるとこ以外にもあったんだな」
「ハハ、ろくに物は置いてないがね」

 一通り、棚までじっくり探検して、テーブルのあった場所まで戻る。ベルナルドは窓を閉めに行った。ガラスが閉じて鍵のかかる音が小さな室内に小さく響く。それすら何だか、俺には心地よかった。

「ジャン、俺の隠れ家はどうだい?」
「どうって、どこもかしこもベルナルドの匂いがして、アタマ溶けそうだぜ」

 暖かさにマッタリとしちまってた俺が素直に言うと、俺を見てニコニコしていたベルナルドの笑顔が――なぜか一瞬固まったように、見えた。

「うん? ダーリン、どしたのけ?」
「……ジャン、昼メシはもう少し後でいいかい」

 首を捻った俺に、ベルナルドが、はは、と何か誤魔化すような笑い声を出しながら、二重になっているカーテンのうち、分厚い布の方を引いた。
 少し暗くなった部屋の中、ベルナルドは俺に、大股で一歩近づく。親指にリングのはまっている方の手が、俺の方へ伸びて来て、顎をなぞった。硬い金属の感触にそろりと顎のラインをなぞられて、俺は、ごく、と無意識に喉が鳴ってしまう。

「っ、な、なに、急に盛ってんだよ」
「急……でも、ないかな。こんな距離にお前がいるんだ、触りたくもなるさ」

 微笑む形になってるベルナルドの唇から、赤い舌が少しだけ覗いて、乾いているのか、自分の唇を嘗めてまた口の中に戻る。仕草がいちいちいやらしいな、このオヤジは!急にそういう雰囲気に引きずり込まれそうになってる俺は、どぎまぎする心臓を軽くシカト。余裕ぶって小首を傾げてみせる。

「俺もベルナルドも腹減ってんだと思ってたけど?」
「空腹は最高のスパイス――お前と一緒に食うのはもっと最高のスパイスだけどね。折角なら両方行こうぜ」

 呆れた舌のなめらかさで俺を流そうとするベルナルドが、優しく微笑む。ダーリン、可愛い子羊の真似してても、アップルグリーンの目が興奮を隠しきれてないぜ。オオカミの尻尾がゆらっとベルナルドの背後で揺れてる気がした。

「つまり、だ。もっと空腹になるために、三十分だけ運動しないか、ジャン?」
「このエロオヤジ、三十分で済むのかよ…!」

 日頃のねちっこさを思って言うと、眼鏡越しに瞬いたベルナルドの目が、きらっと輝いたように見える。
 あ、しまった、と思うと同時にベルナルドは俺との距離を一気に詰めて来た。身長差のせいでベルナルドの顔を見上げると、あいつと、あいつの匂いにふわりと包み込まれるようでくらっとクる。
 三十分で済むのかって言ったのは、ベルナルドは誤解したみたいだが、それ以上をねだっているわけじゃない。違う、と俺が喚く前にベルナルドはいやらしく目を細めて、ぐっと俺の腰を引き寄せる。距離の近いベルナルドの唇が喋るために動くと、その唇が俺の口をかすめて来るもんだからビクッとなった。
 いやらしく、俺の喉の裏を親指で擦りながら、ベルナルドの唇が息と一緒に音を零す。

「……済まないかも?」


 それはあんたが?

 それとも俺が?







2009.11.22