Buona sera




PM3:00



 書類と電話と部下とで出来た午前中を過ごし、時刻も昼を回り、凶暴な日差しが少しやわらいだ頃。コーヒーがまたやって来た。――――ジュリオを従え、彼の片手の上に鎮座して。

「ボナセーラ」

 と一定のトーンの声が静かに響く。
 いつも通りのジュリオだ。しかしコーヒーを片手に見参したと言うウエイターのような珍しい様子に俺は目を瞬かせ……同じリアクションを今朝もしたのを思い出して、だがやはりぱちぱちと目を瞬かせ、見間違いではないかの確認をしてしまった。

「ボナセーラ、ジュリオ。……今日は幹部の中でウエイターが流行ってるのか?」
「……? 何の、ことを…」
「いや、すまんな。何でもない――」

 少し頭の中で、ジュリオがエプロンを付け、バールの中でバリスタをやっているのを想像していただけだ。とは言いづらい。
 想像の中でお前はまるで御伽噺に出て来る王子様のようで、そこでコーヒーを飲んでるレディがたに「こいつは実は本物の王子で、今は貧民窟に住む自分と瓜二つの男と入れ替わってここにいまして」などと言っても信じられてしまいそうだった。――疲労で思考回路が少しずれて来たことをさすがに少々まずく感じながら、俺は片手を軽く振って笑う。

「どうした、ジュリオ?何かトラブルでも…」
「報告だ。ジャンさんと、出かけて来た」
「ああ、」

 ジャン、の名前を耳にしただけで、自分の出した相槌の声がやけに柔らかい響きを帯びたのを自覚した。いかん、本人のいない前でやに下がってどうする。
 表情を意識的に引き締めるように心がけ、ジュリオの報告を聞く。ジュリオ、ジャンが途中のスタンドでアイスクリームを買ってくれた報告はともかく、ジュリオがアイスを鼻先にうっかりつけてしまったのを見たジャンが笑ってた顔を見て幸せになったとか、ジュリオがハンカチを出しても上手く拭えなかったから拭ってくれたとかそういう個人的なことは報告しなくても良いんだが、まあ、当人が嬉しそうなので俺は聞いておくことにしよう。

「それから…ベルナルド、あんたに、土産を。ジャン、さんと、挨拶に回った先からの贈り物で酒を何本か、貰った」

 手短に、だが個人的な感想混じりの報告を受けた後、ジュリオがそう言いながら差し出したのは、今までジュリオがバリスタのように持っていたコーヒーだった。近くに置かれると、コーヒー以外にもふわりと立ち上る芳香があることに気づく。――ブランデー。

「カフェ・コレットか」
「良いブランデーだったから、厨房でコーヒーを淹れて貰って、それの香り付けに…残りはそのまま保存してある」
「昼間から酒か、優雅でいいな」

 二種類の薫り高さのコンビネーションに肩から力が抜けたので、いいと思った気持ちを素直にそう零すと、反応に迷ったのか、ジュリオは俺の顔を見て視線を逸らさない。

「厭味じゃないぞ。ありがたいよ、グラッツェ」

 力の抜けた肩を竦めて付け足すと、ジュリオの視線がやわらいだ。

「…昼間に飲んででも、あんたは、これくらいじゃあ酔わないだろう。ベルナルド」
「どうだろうな、最近は弱くなってね」
「――――……」

 俺の言葉にジュリオは、無言ながらも一瞬不安そうな顔をした。指先が少しだけ持ち上がって、迷うように宙をほんの一センチ引っかく。俺の言葉を本当なのか冗談なのか迷いあぐねているような様子だった。
 ジュリオの表情が、最近はジャン相手以外にも露出されるようになって来ているようで、俺はほんのわずか、バレないように目を細めて笑った。

「……にやつかないでくれ」

 ジュリオにすぐさまバレていた。どうやら俺の表情も露出されるようになって来ているらしい。



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2009.10.20