耳の裏側に鼻先をつけて、すう、とあからさまに匂いを嗅がれるのは落ち着かない。
しかし暖かさと、その暖かさの元がベルナルドだと言う事実は捨てがたい。温もりが離れ、毛布だけになると寒さを感じるだろうと、ジャンは気づいていて、振り解けなかった――暑かったとしても相手がベルナルドだからと言う理由で振り解けないだろうが、それについては無視を決め込む。
緩く回されたベルナルドの両腕。それと服越しに触れている腹は、暖かいと言うよりも、やけに熱い。
「んー……」
ジャンが落ち着かなさにむずがるように喉で唸ると、ベルナルドの笑う息が項にかかる。息の後を追うように唇まで項の皮膚に触れて、ジャンは短く息を呑んだ。
「ジャン、…お前、やっぱり熱あるんじゃないのか? ココも熱いぞ」
「マジで?いや、ンなことねーだろ…?」
「風邪じゃないか?最近冷えたからな…」
眠る前に喋る声のトーンはどうしても低く、抑えられたものになる。いつもより甘く響くベルナルドの声。腹の底が疼く感覚を覚えるのは仕方がない。
冷えないようにますます抱き寄せられ、拘束感にジャンは身を少しだけ捩り、逃れようとしてみたが、腕が緩まないのですぐに大人しくした。
心配されているのだろう。今日のジャンはクシャミが多く、ベッドに入る前には寒気がした。ジャンがそう口にする前にそれに気づいたベルナルドはさすがと言うべきだろうか。しかし、感心しかけた気持ちは、耳のふちに唇を当てられて霧散した。
「……っなあ、そっち向いたらダメなのけ?」
「ダメだよ」
ベルナルドの答えは迷いなかった。
「俺が我慢出来なくなっちまう…」
低く囁かれて、ジャンの背筋にぞくんとこみ上げたものは間違えようもない。性感だ。
「だ、だったら最初から自分のベッドで寝ろよ、風邪移るかもしれねーし」
「俺なら大丈夫だよ、お前のことを考えるだけで元から充分頭が沸きそう……」
「……もう、ほんっとーにダメな人ね、ダーリン」
「おや、ジャンは知ってたと思ったけど?」
いけしゃあしゃあと言いやがってこのヤロ、と笑い混じりに呟くと、ベルナルドは喉奥で笑う。この余裕が、時々ジャンの癪に障る――例えば自分が切羽詰った気持ちでいる時とか。
「なんだよ、ひとりじゃおねむ出来ないって?」
「ハハ、そうだよ。同じ部屋にお前といるのに、別のベッドで寝ろって?意地悪だな、ハニー」
「どっちが意地悪か、ボッカ・デラ・ベリタまで行ってお伺いたててみる?ダーリン」
「イタリアまでハネムーンか?悪くないな。トリトーネに愛でも誓いながら二人で手を差し出してみるか?」
「ぬかせ」
相変わらずのベルナルドの言葉に笑うと、ふふ、とベルナルドも笑った。
じゃれるようないつもの会話に、髪に落とされるベルナルドのキス。それでいて、その先にあるのがただの深い眠りと言うのが不服だ。だったら全く触れないでいて欲しい。大体――ベルナルドの体は、彼の言葉とは裏腹に熱い。そしてジャンへ腰が触れないように、意図的に避けられている。
ベルナルドに触れられると体の奥底が自動的にどうにかなってしまうような気がして仕方がない。機械弄りが好きなこの年上の男は、そうして何かをオートマチックにする事には長けているのかもしれなかった。
行為はすぐに生々しく思い出せる。これだってとりたてて意識して思い出すものではない。自動的に頭の中へ記憶が広がる。いっぱいに広がった箇所を擦るものの感触。快感と言う言葉にぴたりとハマる感覚。獣のような二人分の呼吸。人間らしい刺激の緩急。色っぽいベルナルドの切羽詰った顔。サックに阻まれることなく内側をぐちゃぐちゃに濡らす体液。血管。脈動。ベルナルドの心臓をダイレクトに身の内に食らったような気にすらなる、あの陶酔に満ちた錯覚。
思い出すだけでくらくらと眩暈がして、やべー、とジャンは内心呟く。全身を浸す眩暈。酩酊にも似たそれは、いやらしい気分と言う。
「あー、もういい。このエロオヤジ」
俺は一人でお楽しみしてやる、と宣言してジャンは両手をベルナルドの腕に添えるのを止めた。その両手は、腰を捩りながら、着ていた寝巻きのウエストにかける。
「お、おい、ジャン?」
下着ごと腿の下まで服を下ろしてしまうと、頭の後ろで少し焦ったベルナルドの声がする。声をわざと無視したジャンの両手は、自らの竿を握った。背後のベルナルドの動揺へ意識を向けながら、中指の腹で裏筋をなぞると、喉が鳴る。
「背中向けてんなら我慢出来るんだろ、ダーリン?」
「…っ…ジャン、お前」
「指咥えて見てろ、よ…っ」
挑発的に笑ってやると、腹に回った腕に、ぐ、と力がこめられてジャンの体はベルナルドへ余計と密着した。体温の熱さを感じながら、ジャンは半勃ちのものへ絡めた手指を上下に動かす。鼻から抜けた高い声が、ひそやかに響く。輪にした指で自分のものを育てて、胸筋へ這い上がって来たベルナルドの手は、ぺちんと叩き落とす。
「ダーメ、だ、っての…」
おいたを鼻先で笑いながら叱ると、ジャン、と拗ねたような声が聞こえて気分が良い。悪戯を仕掛ける子供のような浮き足立った気持ちが、少しあった。袋から戸渡りへと自分の指でくすぐり、窄まりへと指腹をかすめさせる。乾いているのに、そこはひくりと蠢いた。
「っふ、ぅ、うン、…っベルナルド…」
つい鼻にかかった声で名を呼んでいた。
指を音を立ててしゃぶり、唾液をたっぷりまとわせて背を丸める。それを窄まりに突っ込むと、第一関節まではあっさり入った。浅い位置でゆるゆると馴染ませて行くと、ベルナルドが使うワセリンのように滑りは良くないが、指は順調にそこへ馴染み出した。爪を綺麗に切ったばかりで良かった、と考えながらぐるりと指を回す。下衣が邪魔で、膝を使って足首まで下ろした。ふぁ、と泣くような声が唇から溢れてシーツに吸われる――と思った途端、中へ差し込んでいたジャンの手は、手首を掴まれて一気に引き抜かれ、ぐるん、と世界が反転した。
目の前に天井、と、その手前に、覆いかぶさるベルナルドの顔がある。重力につられて落ちて来た柔らかい髪がジャンの肩をくすぐり、ジャンは、はぁっと重い吐息を零してしまった。
今ジャンの目の前にあるのは、眉根を寄せて何かをこらえているような表情の、恋人の顔だ。欲をたたえた青林檎色の目が、淡いライトに透けて、ぞくぞくとするほど色っぽい。
ジャンはその色気にうっとりと目を細めて、笑う。
「……来んの?」
「行くよ」
短く低い応答がある。――挿入へのお伺いはなかった。
ジャンがほんの一瞬の心構えをする間もなく、体重をかけて押し込まれる。太い箇所が強引に進もうとするのを、声を上げて受け入れた。
「ッ、ふう、ぁあっ!」
「く…っ、ああ、ジャン…っ…」
ベルナルドが広げた舌腹で、耳を下から上へと嘗め上げながら狂おしく名を呼ぶ。ジャンはせわしなく息を吐き出して力を逃がす。がちがちの――自分の自慰を見てそうなったベルナルドが中へ入っているのだと思うと同時に、ジャンは顎を仰のかせて達していた。ベルナルドの寝巻きの腹の所が濡れる。ベルナルドは弾けた飛沫を気にも留めずに浅い位置を何度か擦り、ジャンの余韻の収まらない中をずぶずぶと深くまで犯した。長いものと短いストロークを混ぜながらも、ひたすら終わりを目指すような勢いの責めに、ジャンの爪先に力がこもる。ベルナルドの大きな手がジャンの体を脇から抱き、親指で胸の尖りを潰しながら内側のいい場所も潰すようにかたい熱を押し付けられる。ジャンはぎゅうっと爪先を丸めた。痙攣じみた震えが起こり、訳がわからないうちに絶頂感が訪れ、過ぎた。内側に濡れて溢れる感触があって、ベルナルドの体が、ジャンの上へくたりと被さって来る。
甘い痺れが全身に回っている。どくどくとこめかみでうるさいくらいに脈が打つ。抱き合い繋がったベルナルドの脈も感じる。二人分の鼓動に酔いしれる。
「あっつい……ベルナルド、お前、すっげえ…」
「凄いのはお前の中の方だけどね…」
「ばか……」
戯れる言葉の応酬の声音は、互いに甘い。肘をつかって身を起こしたベルナルドの顔がジャンを覗き込み、そして溜息をついた。甘くけだるげに、唇の端を少し上げながら。
「……まったく、俺を殺す気か?」
「そんな訳ねーだろ、ダーリン…?」
とびきり甘ったるく囁いてやると、鋭さを増した目をするベルナルドにぐっと腹の奥を突かれ、残ってた精液か先走りかわからない液がジャンのものから短く飛んだ。
半ば自棄でやった誘いは上手く行ったらしい。ジャンがほっと息を吐いて力を緩めると、その隙をつくように、中のものが少し抜けて、また押し込まれる。ゆっくりとした動きは、押し広げられる感覚がよくわかり、ジャンは開いた唇を僅かに戦慄かせた。
「ふぁ、あ、あん、っ…くそ、でけぇ…!」
単純に感想を口にしたら、ぐっと圧迫感がひどくなった。いやでかいでかいそれでかい、とツッコミめいた言葉が頭をぐるぐる回るジャンを、ベルナルドは先ほどよりも更に切羽詰った目で見つめている。いっそ怖い。
「っ……こいつ、またそうやっておニィさんを誘うんだから、なっ…!」
「んぁっ、な、ない、誘ってないっての…!」
「嘘付け、この…」
嘘じゃない、”今のは”誘ってない。言おうとした唇を、ベルナルドの口がぴったり塞いで来た。
唇を合わせてぬるりと舌をなぞられる。ぬるぬるした感触を緩慢に擦り合わせながら、鎖骨の刺青の上を、ベルナルドの手の甲にある刺青を合わせるようにして擦られる。ぞくっとキた拍子に、体が微かに震えてしまう。ジャンの中にまだ熱を埋め込んだままのベルナルドが、その影響を受けてぴくんと腰を強張らせた。
「ン、……こら、ジャン。締めるな」
「だ、だって、勝手になっちまうんだよ、仕方ねーだろ…」
「ハハ、可愛いこと言ってくれるな。……抜けなくなっちまう」
抜く気もないくせに、と詰ると、愛してる、と返って来て話が通じない。濡れた唇をチュッと音を立てて吸ったベルナルドは、手の甲でジャンの頬をゆっくりと、愛しげに撫でた。近い距離で視線をかわしているうちに、ベルナルドの目が笑みに細められる。
「お前は、俺をカポの体調管理も気遣えない幹部にするつもりなのかな?」
「そりゃマンマの台詞じゃね?」
「恋人同士の台詞、だよ。ダーリン」
「うわぁ」
照れくささを晴らすために漏らした色気のないジャンの声に、ベルナルドは甘い微笑みを浮かべてジャンの頬を撫で続ける。体はぴったりとくっついていて、ジャンは少しも寒くない。ついでに、体の奥にもまだアツイものがある。
「…後であったかいレモネードが飲みてえな」
「お望みのままに、マイ・ボス。……後で、ね」
ねだると、鼻先にキスが降って来た。風邪うつるぜ、とジャンが囁くと、そんなやわじゃないさと今度は頬に触れた唇が笑うので、そのくすぐったさに、ジャンも笑った。
2009.10.10